辞世の歌 その14「世にふればやがて消えゆく淡雪の身に知られたる春の空かな」(一遍上人)

一遍上人は鎌倉初期の僧侶ですが、いわゆる「鎌倉新仏教」六宗の宗祖、たとえば日蓮や親鸞らと比べるとあまり知られていないかもしれません。それは一遍が死を前に自身の遺作をすべて焼き捨てたこと、また彼を宗祖とする時宗が比較的小さいことが理由でしょう。しかし一遍は歴史上の名だたる僧侶のだれよりも破天荒でした。

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一遍は浄土宗の流れを汲みますが、その他力の思想は法然や親鸞のものと比べても一層先鋭化しています。彼は「南無阿弥陀仏」の六字名号は念仏するまでもなく、それだけで往生を決するものと、名号を記した札を庶民に配り歩きました。彼は特定の場所や寺に定住することなく、いわゆる「捨て聖」として各地を行脚したのです。その熱狂的な支持が表れたのが「踊念仏」です。

さてその一遍上人の辞世歌ですが、そのイメージとは対照的です。
「世にふればやがて消えゆく淡雪の身に知られたる春の空かな」(一遍上人)

「ふる」は「降る」と「経る」の掛詞、春の淡雪が降りながら消えてゆくむなしき様を自らに重ねています。
破天荒な世捨て人が遺した歌が、極めて雅で穏やかであるのは、彼が「春の空」の… 身の果てに浄土を見据えていたからでしょう。

(書き手:歌僧 内田圓学)

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