吉野山花のふるさとあと絶えてむなしき枝に春風ぞふく(藤原良経)

かつて雪と詠まれることが多かった吉野山が、桜と合わせられるようになったのは平安も中期以降だ。これは平安時代になって盛んになった修験道が関係している。吉野はその聖地として崇められ、信仰の証として桜が献木され続けてきたのだ。和歌でも鎌倉初期の新古今集あたりになると、吉野山イコール桜という連想は定着している。
今日の歌は新古今の名手、藤原良経による吉野桜である。しかしそこに花の姿はなく、木々の枝には春の風がただ虚しくゆき過ぎる。まさに新古今らしい寂寥の風景であるが、良経の名手たる所以は歌の絵画性にあるのではない。際立っているのは音楽性である。このなだらかな調べはヴィヴァルディなどのバロック音楽を共鳴させる。

(日めくりめく一首)

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