連歌とは、前の句に対して新しい句を付けることで、世界を次々と転じていく詩の協働作業です。
「付ける」とは単に続けることではなく、前句に寄り添いながら離れること――
この微妙な距離感の中に連歌の美があります。
前句と付句は「響き合う関係」でなければなりません。
しかし、同じ発想・同じ感情を繰り返しては「輪廻」となり、座が停滞してしまいます。
前句の表現を受けとめ、どの方向に転じるかを意識することが、付句の第一歩です。
伝統的な三つの付け方 ― 詞付・心付・匂付
詞付(ことばづけ)― 言葉の縁でつなぐ
詞付は、前句に出た語と縁語や掛詞などで響かせる手法です。
言葉そのものがもつ音の快楽や偶然の一致を楽しむもので、知的な遊び心と機知が問われます。
たとえば、前句に「月」があれば、「面影」「光」など、言葉の連想で新しい場面をひらくことができます。
語と語の“音の橋”を渡る感覚――そこに詞付の醍醐味があります。
江戸初期の俳諧師・松永貞徳はこの詞付を極め、古典的教養と機知を兼ね備えた「貞門俳諧」を打ち立てました。いわば、言葉を素材にして構築される詩的建築です。技巧的でありながらも、即興の爽やかさを保つのが理想です。
心付(こころづけ)― 意味と情でつなぐ
心付は、前句の心情や意味の流れをくみ取り、それを受けて発展させる手法です。
表面的な語ではなく、句の内側にある「心」を読むことが要です。
たとえば、前句に「秋風」が詠まれていれば、その「寂しさ」「哀れ」「もの思い」といった感情を受け止め、それを「旅立ち」「雨」など別のイメージへ転化してゆく。
意味が自然に呼吸するような連なりが生まれます。
この心付の美は、室町の連歌師・心敬が説いた「親句(しんく)」と「疎句(そく)」の理論に見られます。
すなわち、前句の姿をたよって付けるのが親句、心の奥にある理由や背景を解き明かすのが疎句です。人の心を詩の糸でたどるような付け――それが心付の神髄です。
匂付(においづけ)― 情趣と余韻で響かせる
匂付は、前句の意味に直接つながらず、その「雰囲気」や「余情」を感じ取り、響き合うように付ける最も洗練された手法です。
松尾芭蕉が愛したのがこの匂付でした。彼は『三冊子』でこう述べます。
「付きの事は千変万化すといへ共、せんずる所、唯、俤と思ひなし、景気、此三つに究まり侍る。」
つまり、句の間に見えない「気(け)」を感じ取り、それを映すように次の句を置くのです。
匂付は説明ではなく“気配”のやり取り。それは、言葉の奥にひそむ沈黙を聴き取るような詩的行為です。
実践的な宗牧の「四道(しどう)」
戦国時代の連歌師・谷宗牧(たにそうぼく)は、この付合の理論を仏教の修行段階になぞらえて体系化し、「四道(しどう)」として整理しました。後世の俳諧や現代連歌にも通じる、実践的な理論です。
- 添(そう):前句に近い意想をそっと添える。
調和を保ちながら、場をやわらかく広げる付け。 - 随(したがう):前句の心情や意味を受けて展開する。
因果や時間の流れを感じさせる付け。 - 放(はなつ):前句の世界を思い切って転じる。
意外性・躍動感を生む大胆な付け。 - 逆(さかう):前句と逆の立場や視点から見る。
否定・対比による緊張感を生む付け。
宗牧の四道は、単なる理論ではなく、連歌の座を生き生きと動かすための実践の知恵です。
「添」は穏やかに、「放」は大胆に――付けるごとに風景が変わってゆく。
この変化の連鎖こそ、連歌の醍醐味に他なりません。
実例:「暮春の夕べから恋へ ― 起承転結の絶句連歌」
発句 五月雨に山吹にほふ夕べかな
― しとしとと降る雨に山吹が濡れ、色映えるの夕べ。
季の移ろいを静かに詠みとめた風雅の発句。
脇 蛙の声はつゆこそ止まね
― 雨露とともに絶えぬ蛙の声。
前句の「山吹」に「蛙」をあわせ、「雨」に「つゆ(露)」を響かせる。
ここでは詞付と心付が交わり、季節の情が深まります。
第三 朝ぼらけ寝惑ふままに蕎麦食ふうて
― 一晩中、蛙の声で眠れぬまま朝を迎え、寝ぼけたまま蕎麦をすする…
「つゆ(副詞)」から「蕎麦(そばつゆ)」へ、風雅から滑稽へ一気に転じる。ここで連歌の妙「放」が活きています。
挙句 空音な立てそ思ひしのばむ
― 「蕎麦」をすする音を「空音」に転じ、『音を立てるな』と待ちしのぶ恋の余情へと変える。
暮春の発句が四句をへて、恋に展開しました!
この小さな四句の中に、起承転結の流れが息づいています。
連歌の真価は、まさにこの転じる力にあります。
転じよ、さらば開かれん!
連歌は単に「続ける」芸ではなく、「転じる」芸です。
前句を受け止めながら、そこから新しい風を吹かせる。そのとき必要なのは、技巧よりも「遊び心」と「呼吸」です。
一つの発句から、百の物語が生まれる――
それが、千年を超えて人々が夢中になった連歌という文芸の本質なのです。
次はいよいよ最終回「第5回「連歌の用語集」 ― 基礎から定座・式目まで」です。
(書き手:圓学)
Lesson 4: The Practice of Renga — Techniques and the Art of Linking
In renga, each verse links to the previous one,
not by repeating it, but by transforming it.
A good link “echoes yet departs.”
The essence of renga lies in this delicate tension —
closeness and distance, harmony and surprise.
The Three Classical Methods — Kotoba-zuke, Kokoro-zuke, Nioi-zuke
Kotoba-zuke (“word-linking”) connects through sound, puns, or word associations.
It delights in verbal play — the link between moon and tears, waves and shore.
Witty and immediate, it reveals the poet’s quick intelligence.
Kokoro-zuke (“heart-linking”) follows the emotional current of the previous verse.
A sense of “loneliness” may lead to “parting”;
“longing” may turn into “a night of waiting.”
This style deepens meaning rather than sound —
a lyrical echo from one heart to another.
Nioi-zuke (“scent-linking”) is the most refined.
It connects not through meaning but through mood, atmosphere, and subtle resonance.
Bashō cherished this style, where the faint “scent” of the previous verse
lingers and blends into the next, as if two hearts breathe together in silence.
The Four Ways (Shidō) of Tani Sōboku
The renga master Tani Sōboku (–1545) organized linking into four paths,
modeled after the Buddhist stages of enlightenment:
- So (Add): add a kindred thought — a gentle harmony.
- Ju (Follow): develop the same emotion — a natural continuation.
- Hō (Release): break away boldly — a fresh new scene.
- Gyaku (Reverse): oppose or invert — contrast through tension.
These “Four Ways” correspond to what we might call today
addition, development, opposition, and transformation.
They teach that renga lives not in repetition but in movement.
Example: From Evening to Love — A Miniature Renga of Emotional Turns
Hokku: In early summer rain, yamabuki flowers scent the evening air.
A quiet opening — a world of color and fragrance.
Waki: The frog’s voice — dewdrops that never cease to fall.
Sound answers scent; this is both kotoba-zuke and kokoro-zuke.
Daisan: At dawn, half-asleep, I slurp my soba noodles.
A humorous twist after pathos — an act of development (Ju).
Ageku: Make no sound — I would rather keep my longing silent.
From “soba” to “sound,” from humor to love — release (Hō) through transformation.
Thus the chain moves: sorrow → laughter → love.
Every verse rebirths the poem’s world — that is the living rhythm of renga.
Conclusion
Renga is not the art of continuation, but of transformation.
It thrives on the interplay of words, meanings, and moods.
When we link not to repeat but to change,
a single verse can unfold into infinite stories.
Such is the enduring charm of renga —
a thousand years of shared imagination,
born anew every time two verses meet.
(Written by AI Engaku)
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