/身を知る雨 〜和歌で知る平安のジンクス〜

身を知る雨 〜和歌で知る平安のジンクス〜


今も昔もつい気になっちゃう、今回は和歌と「ジンクス」の話をご紹介しましょう。

ジンクスとは、例えば「茶柱が立つと良いことが起こる」とか「黒猫が横切ると悪いことが起こる」といった縁起を担ぐ事象もろもろを言います。
みなさまにもこのようなジンクス、一つや二つはあるのではないでしょうか?
ちなみに「シューズの紐が切れると悪いことが起こる(仲間が死ぬ)」というのはテリーマンでおなじみです。

さて、平安時代にも独特のジンクスがありました。例えば古今和歌集のこの歌、
730「めづらしき 人を見むとや しかもせぬ わが下紐の とけわたるらむ」(よみ人知らず)

お分かりいただけたでしょうか。
これは「着物の紐が解けたら、愛しい人に逢える」というジンクスです。
平安時代、着物は現在のような「帯」ではなく細い「紐」で締めていました。※現在のような太い帯の形になったのは江戸時代のころのようです
その紐が解けると、愛しいあの人が訪れてくれる前兆というわけです。
私だけでしょうか? このジンクスにはちょっとエロティックさを感じます。

次いでこんなのもあります。
773「今しはと わびにしものを ささがにの 衣にかかり 我を頼むる」(よみ人知らず)

「ささがに」とは蜘蛛の古名です。蜘蛛またはその糸が衣服に着くとこれまた愛しい人に逢える前兆と捉えていたようで、
「もう終わった関係だと思ってもついつい期待しちゃう」という歌になっています。
それにしても不思議なジンクスです、蜘蛛の糸の粘着性が所以なんでしょうか?

さて、和歌のジンクスでもっともポピュラーなのがこれ、「雨」です。
時に雨は「身を知る雨」として、このように歌に詠まれます。
705「かずかずに 思ひ思はず 問ひがたみ 身を知る雨は 降りぞまされる」(在原業平)

私のことが好きですか? 嫌いですか? 聞きたいけど聞けない。でも身を知る雨はびっしょり降ってます…
つまり雨は「わが身の不幸を知る」というジンクスがあったわけです。

ちなみにこの歌、女から男へ宛てた歌なのですが、古今和歌集では在原業平作となっています。
その理由は伊勢物語に詳しくありました。

『伊勢物語』(第百七段)
「雨の降りぬべきになむ見わづらひ侍る。身さいはひあらば、この雨は降らじ」といへりければ、例の男、女に代りてよみてやらす」

女が待ちわびる男の名は「藤原敏行」、歌人としても有名ですよね。
その彼が「雨が降りそうだから今夜行くかどうか迷ってます。もし私に幸福があれば、まあこんな雨はふらないでしょうが」と、待っている女に言い訳がましいことをうそぶきます。余談ですがこの一文で「雨が降らない場合は幸運」と逆のジンクスがあることも分かります。

そこで例の男、これこそが在原業平なのですが、女の代わりに詠んでやったのが先ほどの「身を知る雨」だったのです。
この歌を受け取った敏行はいたく感動して、、
「蓑も笠もとりあへで、しとどに濡れてまどひきにけり」

と、蓑も笠も手に取らず、びっしょびっしょに濡れて女の元にやってきたのでした。
敏行や業平が生きた時代は男が女に通う、いわゆる「妻問い」でした。
「身を知る雨」はわが身の幸、不幸というジンクスを超えて、どしゃ降りの中でもあなたは来るのか来ないのか? 
という「男の本気度」を試す意味合いもあったのだと思います。

さて、この叙情的な雨は古典文学のさまざまなところで見ることができます。
たとえば新古今和歌集、
新1134「逢ふことの むなしき空の 浮雲は 身を知る雨の 便りなりけり」(惟明親王)

また源氏物語の宇治十帖、浮舟から薫への返歌にも、
「つれづれと 身を知る雨の をやまねば 袖さへいとど みかさまきりて」(浮舟)

このように「身を知る雨」は、和歌的美学の最たるものとして詠み継がれてきたのでした。

今や正確な天気予報は生活に欠かせないものですが、
もしこれががなかったら私たちも、雨で身を知るなんて風情あるジンクスが生きていたことでしょうね。

(書き手:和歌DJうっちー)


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