余情妖艶と小野小町


和歌の美を言葉で説明することは大変です。なにせ目に見えないものですからね。
とはいえ「なんとなくいいね~」では終われないのが職業歌人です。
歌の優劣を他者に説明できてこその専門家なのです。

藤原定家ともなると、様々な表現で「歌の美」を説明しています。
「定家十体」と言われるのが有名ですが、特に定家が重要視したのが歌論書「近代秀歌」にある「余情妖艶」です。

「余情」を辞書で調べると、「後に残る、深い印象」といった解説がなされています。
思えばこの余情の美は、和歌だけでなく日本文化全体に横たわっています。
例えば茶道、「余情残心」といって接客後の反省を重んじます。
また武道においても、剣道では打突後の「残身」が美しくないと一本になりませんし、相撲で勝った後のガッツポーズが好ましくないのも、余情を重んじるがゆえだと思います。

ただ定家の場合は「余情」に「妖艶」がプラスされていますから、ちょっとニュアンスが異なりそうです。

定家の「余情妖艶」を理解するために歌論書「近代秀歌」を見てみましょう。

『むかし貫之、歌の心たくみに、丈および難く、詞強く、姿おもしろきさまを好みて、余情妖艶の体を詠まず』
近代秀歌

とあり、紀貫之は「余情妖艶」を詠まなかったと言っています。
貫之の歌といえば?
そう理知的でレトリックを駆使した歌ですね。
余情妖艶とはこういう技巧的な歌とは相反するスタイルのようです。
→関連記事「紀貫之 ~雑草が咲かせた大輪の花~

『それよりこのかた、その流れをうくるともがら、ひとへにこの姿におもむく』
近代秀歌

貫之以後「余情妖艶」は詠まれず、貫之流の技巧的な歌ばかりが詠まれてきたと言っています。

では「余情妖艶」はだれが詠んでいたのか、それが分かるのが以下の一文です。

『…(中略)僧正遍昭と言われる花山僧正・在原業平中将、素性法師、小野小町が後、絶えたる優れたる歌のさま…』
近代秀歌

六歌仙のメンバー、僧正遍昭、在原業平、素性法師、小野小町が失せた後、優れた歌は絶えてしまった、と嘆いています。
つまり彼ら4人の歌こそが優れていて、これこそが技巧と相反する「余情妖艶」の歌だということです。

ただ数多の浮名を流した在原業平はまだしも、僧正遍昭、素性法師の両名は「妖艶」のイメージとは遠い気がします。
ここはやはり「小野小町」でしょう。

古今和歌集の仮名序において、紀貫之は小野小町をこう評しています。

『あわれなるやうにて、つよからず。いわばよき女のなやめるところあるに似たり』
古今和歌集(仮名序)

この一文、
「よき女のなやめるところ」が余情妖艶と深く関係がありそうですね。

小町の歌を具体的に理解するために、古今和歌集に選出された歌をみてみましょう。
なんといっても代表はこれですね。

113「花の色は うつりにけりな いたづらに わか身世にふる ながめせしまに」(小野小町)

老いという抗えない運命に身をやつす女…
定家自身が選出した百人一首にも採られてるくらいですから、
ここで歌われる「なやめる女」の姿が「余情妖艶」といえるかもしれません。

引き続き、他の歌も探ってみます。
小町の歌は古今和歌集に18首採られていますが、実は四季歌は上の(春上)「花の色…」のみで、過半数(13首)は恋の歌です。
そしてそこには、「老いに悩むかつての美女」とは別の小町がみえます。

552「思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを」(小野小町)
553「うたたねに 恋しき人を 見てしより 夢てふ物は 思みそめてき」(小野小町)
554「いとせめて 恋しき時は むば玉の よるの衣を 返してぞきる」(小野小町)
656「うつつには さもこそあらめ 夢にさへ 人めをよくと 見るかわびしさ」(小野小町)
657「限なき 思ひのままに 夜もこむ 夢路をさへに 人は咎めじ」(小野小町)
658「夢路には 足も休めず 通へぢも うつつにひとめ 見しことはあらず」(小野小町)

「花の色…」と同じように見えるのは「なやめる女」
ただそれは「老い」ではなく「叶わぬ恋」
→関連記事「小野小町 ~日本女性の恋愛観のルーツ~

現実では不可能でも、せめて夢で愛しい人に逢いたい…
「余情妖艶」とは絶望にあって唯一の希望、「夢」の余韻なのです。

「春の夜の 夢の浮橋 とだえして 峰にわかるる 横雲の空」(藤原定家)
この歌こそが定家が示す「余情妖艶」の極致なのだと思います。

→関連記事「恋の和歌、その物語を5分で知る! ~恋歌残酷物語(総集編)~

(書き手:和歌DJうっちー)

Lesson.1 流線(筆使い)を体得する

十種の基本線

ひらがなの美しさを決定するのはズバリ「線」です。一般的に「きれいな字を書く」とは「整った字形を書く」ことだと思われているふしがありますが決してそんなことはありません。「線」の出来が文字の美しさを支配しているのです。起筆から転折、連綿、終筆まで息も切らさぬ流線が紙面を踊る時、美しいひらがなであると感じるのです。

かなグラフィーの第一歩は、淀みない流れる線が書けるようになる練習を行います。
ここで登場するのが、秘伝の「ひらがなを構成する10種の線パターン」。これは、ひらがな(現代仮名遣い)四十六文字を構成する線パターンを分類し、十種類にまとめたものです。この線パターンをマスターすれば、自ずと美しいひらがなが書けるようになります。

この時、起筆と終筆は鋭く、線は単調に続けるのでなく強弱のリズムをつけ、長く伸びやかな線を描くために「腕」全体を使って書く、という三点を強く意識してください。

(書き手:和歌DJうっちー)
「かなグラフィー」Lesson一覧

日本人なら覚えたい有名な和歌 グレイテスト・ヒッツ10!

「やまとうたは、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける」
古今和歌集(仮名序)

紀貫之による古今和歌集の仮名序、冒頭の名文句です。

人の心からなる和歌は、まさに数えられないほど詠まれてきました。
今回はその膨大な楽曲の中から、和歌ファンのみならず多くの日本人に絶大な影響と感動をもたらした超有名歌、グレイテスト・ヒッツを10首選出してみたいと思います!

この記事の音声配信「第三回 和歌のグレイテスト・ヒッツ!」を
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1.「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」(須佐之男命)

天皇家の祖神、天照大神の弟であり、八岐大蛇伝説で有名な須佐之男命(スサノオノミコト)の歌です。須佐之男命が八岐大蛇を退治した後、櫛名田姫との新婚の宮を建てる際、何重の雲が立ち上ったのをみて詠んだとされています。
→関連記事「建国記念の日に知っておきたい! 天皇と和歌

この歌は和歌の起源であると、紀貫之による古今和歌集の仮名序では記されています。

「あらからねの地にしては、須佐之男命よりぞおこりける。ちはやふる神代には、歌の文字も定まらず、すなほにしてことの心わきがたかりけらし。人の世となりて、須佐之男命よりぞ、三十文字あまり一文字はよみける。かくてぞ花をめで、鳥をうらやみ、霞をあわれび、露をかなしぶ心言葉多く、さまざになりにける」
古今和歌集(仮名序)

西洋クラシック音楽は古典派によって「ソナタ」という基本形式が確立されたことで、交響曲や協奏曲など今に伝わる偉大な作品が生まれました。
和歌も「三十文字あまり一文字」という形が定まり、ここに大和人共通の文化・文芸としての歴史が始まったのです。これは和歌史における金字塔というべき一首です。

2.「ひむがしの 野にかぎろひの 立つ見えて かへり見すれば 月かたぶきぬ」(柿本人麻呂)

東の野に陽炎が立ち太陽が今まさに登ろうとするとき、振り返れば月が傾いている。
雄大で写実的な詠みぶりは、まさに万葉集の代表といった風格。詠み人は紀貫之や藤原俊成をして「歌の聖」と讃えられた柿本人麻呂です。
→関連記事「柿本人麻呂 ~みんなの憧れ、聖☆歌人~

人麻呂は和歌史における最も偉大な人物です。宮廷歌人として君侯に捧げる優美な歌はもちろん、自らの妻に寄せた悲劇的絶唱歌などあらゆるジャンルの歌を残しました。それは先の写実的な万葉歌風もあれば、観念的で複雑ないわゆる古今風の歌もある。まさに歌の聖にふさわしく、今に残る和歌という文芸のほとんどを一人で形作ったのです。例えるなら音楽の父、バッハが成した偉業に匹敵するでしょう。

ちなみにこの歌、壮大なる自然に登る太陽に軽皇子を、沈む月に亡くなった皇子の父である草壁皇子が譬えられています。草壁皇子は天武天皇の息子でありながら、即位することなく28歳の若さで早世してしまいました。人麻呂は若々しい軽皇子に次時代を感じながらも、無念の草壁皇子に心を寄せているのです。
→関連記事「万葉集の引力! 柿本人麻呂の挽歌と六皇子

3.「唐衣 着つつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ」(在原業平)

これは六歌仙の一人でもあり、稀代のプレイボーイ在原業平の歌。
京からの長い旅中、愛しい妻を思いを綴った歌です。
→関連記事「在原業平 ~愛され続けるプレイボーイ~

詠まれたのは伊勢物語の中でも特に有名な第九段の「東下り」のワンシーン

「三河の国、八橋といふ所にいたりぬ。その沢に、かきつばたいとおもしろく咲きたり。かきつばたといふ五文字を、句の上に据ゑて、旅の心をよめ」
伊勢物語(第九段)

とあるように、各句頭をよむと見事に「か・き・つ・ば・た」となっています。これは「折句」といわれる技法です。
→関連記事「和歌の入門教室 折句

加えて掛詞が4箇所
「着」と「来」、「馴れ」と「慣れ」、「褄」と「妻」、「張」と「遥」
→関連記事「和歌の入門教室 掛詞

「衣」の縁語が4箇所
「き」、「なれ」、「つま」、「はる」
→関連記事「和歌の入門教室 縁語

さらに枕詞「唐衣(からころも)」
→関連記事「和歌の入門教室 枕詞

おまけに掛詞でつながる序詞
「唐衣 着つつ」→「なれ」
→関連記事「和歌の入門教室 序詞

と和歌の修辞法が満載、あのパガニーニだって腰を抜かすような超絶技巧です。

4.「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」(小野小町)

言わずと知れた六歌仙、小野小町の歌です。百人一首歌としても有名ですが、この歌は古今和歌集いや和歌そのものを象徴する歌といって過言でないでしょう。
花の中の花、桜。それは美の極致たる存在。しかし無常は必定、桜とて老いて散る運命。和歌とはこの無常の美を捉えようとする運動ですが、小町の歌はそれを見事に達成しています。

藤原定家はその歌論で「余情妖艶」こそが歌の核心であるとし、その規範を小野小町に求めました。メンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」に通じる洗練優美な女性的旋律、これこそが和歌の到達点であるのです。

→関連記事「小野小町 ~日本女性の恋愛観のルーツ~
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5.「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな」(菅原道真)

菅原道真は大宰府天満宮に祀られ、学問の神様として有名です。その学識の高さから宇多天皇に重用され、醍醐朝では右大臣にまで昇進しました。しかし急激な出世は反感を招き、ついには大宰府へ左遷、その地で没します。
この歌は太宰府への出立のおり屋敷内の梅の木に語りかけるように詠んだものだといいます。ちなみにこの梅、ご主人を追いかけて遠く大宰府まで飛んでいきました! これを「飛梅伝説」といいます。三大歌舞伎の一つ「菅原伝授手習鑑」はこの伝説を主題としています。

道真は漢様と和様を吸収し、和歌に新しい風を吹き込みました。譬えるならボヘミアとネイティブ・アメリカンの音楽を接続したドヴォルザークの交響曲第九番。自らの漢詩集を何冊も起こすほど、漢詩に長けた道真は、漢詩の心を和歌で育みました。道真の意見によって遣唐使が廃止されて後、日本の「新世界」つまり国風文化は加速していくのです。
→関連記事「菅原道真 ~悲劇の唇が吹くIn A Silent Way~

6.「袖ひぢて むすびし水の こほれるを 春立つけふの 風やとくらむ」(紀貫之)

古今和歌集の代表的選者、紀貫之による古今和歌集の春上、第二首目の歌です。
季節は夏、袖を濡らしすくった水が冬凍ったのを、立春の風が溶かしているだろか? この一首で夏、冬、春と四季が一めぐりしています。

勅撰和歌集の二大テーマは「四季」と「恋」です。このうち四季は春夏秋冬の移ろいの、恋は初恋から別れるまでの過程に準じて歌が並んでいます。撰者の仕事には歌の選定もありますが、この配列こそ肝であり腕の見せ所であったのです。

しかし本来、四季の移ろいなんてとりとめのないもの。それを貫之達は「美」という物差しで人工的に分類してみせました。これは音階(スケール)と同じです、音階もまた音楽を作るために一定の基準で音を分類したものです。
音階を作ったのは作曲家ではありませんでした、ピタゴラスやメルセンヌなどの数学者であったのです。貫之もおそらく芸術家というよりも理知的な学者肌であったと思います。

→関連記事「紀貫之 ~雑草が咲かせた大輪の花~
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7.「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の かけたることも なしと思へば」(藤原道長)

時は西暦一千年、「源氏物語」、「枕草子」など女流文化華やかなりし頃、左大臣藤原道長はその長女彰子を一条天皇のもとへを女御として入内させます。一条天皇にはすでに先立ちの后定子がいましたので、一帝二后という過去に類のない状況を生み出したのです。ちなみに彰子には紫式部が定子には清正納言が女房として仕えていました。
道長の策略はその後も続きます。次女の妍子を三条天皇の中宮に、四女の威子を後一条天皇の中宮にするという「一家三后」と謀略の限りを尽くします。中臣鎌足に始まる藤原摂関家は、不比等、良房をへてついに絶頂を極めるのです。これは帝王へと昇りつめた藤原道長その人の歌です。

悲壮感をしっとり歌い上げるのが本筋の和歌にあって極めて珍しいこの歌。雄大な全能感はワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」がピッタリでしょう。まさに平安のマイスタージンガーたる道長が朗々と歌い上げる様子が目に浮かびます。

8.「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ」(崇徳院)

激流の人生。あなたと引き裂かれてもなお、いつか逢いたいと願う。
これは自身が勅撰を命じた「詞花和歌集」の「恋」にある歌です。でもこの歌を、素直に恋歌と捉える人は少ないでしょう。

崇徳院は並みいる皇族の中でも、最も悲劇的な人物です。院は父である鳥羽上皇から「叔父子」つまり鳥羽上皇の中宮である待賢門院と祖父である白川上皇の子であると疎んじられていました。
養子である体仁親王(近衛天皇)が即位する際、譲位の宣命に「皇太弟」とあったため院政を行うことができず、実権のない上皇として長く座し、近衛天皇が崩御すると院の子である重仁親王の即位を画策しますが、結局それは叶わず後白河天皇が即位したのは周知のとおりです。

鳥羽上皇が崩御すると、天皇家、摂関家、武家それぞれが抱えていた内紛がついに明るみにでます。保元の乱です。これに敗れた崇徳院は讃岐に流され、二度と都の地を踏むことはなく乱の八年後46歳で崩御したのです。
「われても末に 逢はむとぞ思ふ」。歌にまで詠んだ願望はついに叶いませんでした。

讃岐における院のエピソードが「保元物語」が描かれています。

「彼の科(とが)を救はんと思ふ莫太の行業を、併三悪道に投こみ、其力を以て、日本国の大魔縁となり、皇を取て民となし、民を皇となさん」とて、御舌のさきをくい切って、流る血を以て、大乗経の奥に御誓状を書き付けらる」
保元物語

崇徳院は魔王に成り果てたのです!
これはまさにシューベルトの「魔王」、身の毛がよだつ旋律に救いようのない物語。一度聴いてしまえば脳裏から離れません。

→関連記事「崇徳院 ~ここではないどこかへ~

9.「願わくば 花の下にて 春死なむ その如月の 望月のころ」(西行)

鳥羽院の北面武士として仕えたその人は俗名を佐藤義清といい、出家して西行と名乗りました。藤原俊成を中心とする九条家歌壇とも親交が厚く、新古今和歌集には最多の94首採られるなど、平安末期における最重要歌人です。彼が貫いた数寄の生き方は松尾芭蕉などの俳人をはじめ、多くの日本人に影響を与えました。

この歌は、僧でありながら最後まで理想の「美」を追い続けてきた自分自身への「レクイエム」。それは有名なモーツァルトのではなく「永遠の至福の喜びに満ちた開放感」と語ったフォーレのそれです。

藤原定家の私家集「拾遺愚草」によると、西行は願いどおり文治六年、桜満開の望月(満月)の日に滅したといいます。この時、西行は伝説となったのです。
→関連記事「西行 ~出家はつらいよ、フーテンの歌人~

10.「見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋の 秋の夕暮」(藤原定家)

秋の夕暮に寄せる寂寥感は、今も昔も変わりません。
三夕の和歌としても知られるこの歌は、「新古今和歌集」、「新勅撰和歌集」選者のであり後の歌道家(二条、京極、冷泉)の礎を成した歌人、藤原定家の歌です。茶人千利休の師であった武野紹鴎が記した「南方録」というわび茶の秘伝書によると、定家のこの歌こそが「わび」の心であるとしています。

ありやなしやの美しさ。
全編がほぼピアニッシモで演奏されるドビュッシーの「ベルガマスク組曲 月の光」の余情です。

→関連記事「藤原定家 ~怒れる天才サラリーマン~」
→関連記事「三夕の歌 ~秋の夕暮れの美~

アンコール.「春の夜の 夢の浮橋 とだえして 峰にわかるる 横雲の空」(藤原定家)

本歌取りを得意とした定家の歌は、絵画的また物語的であると言われます。この歌はその最たるものでしょう。壬生忠峯の「風ふけば 峰にわかるる 白雲の たえてつれなき 君か心か」を本歌に取りつつ、「夢の浮橋」という源氏物語の最終帖の世界をも意識して再構築しています。
→関連記事「和歌の入門教室 本歌取り

定家は本歌の世界観を幾重に掛け合わせて、この世にあらぬ複雑繊細な音色を奏でてみせました。「牧神の午後への前奏曲」に感じた官能的な夢想感。定家とドビュッシーは相通じるところがあります。

(書き手:和歌DJうっちー)

梅と鶯のアヤシイ関係


新春を彩る花、それが「梅」です。
そして梅といえば…、そう「鶯(うぐいす)」ですね。
花札の絵柄でも見られるように、「梅と鶯」の取合せは多くの人が知る所です。
→関連記事「梅の鑑賞ポイント
→関連記事「11月に柳!? 花札の謎を古今和歌集で解く!
※ちなみに上の写真は「メジロ」です

この記事の音声配信「第17回 梅歌の鑑賞ポイント」を
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古今和歌集の「春」に梅が詠まれた歌は21首(「花」とある表記も含む)ありますが、
そのうち6首に鶯が登場します。

古今和歌集の最大の功績は、四季を「体系化」して日本の「季節感」を確立したことです。
それを端的に見て取れるのがこの「梅と鶯」です。
→関連記事「和歌の入門教室 特別編 「古今和歌集 四季の景物一覧表」

6「春たてば 花とや見らむ 白雪の かかれる枝に うぐひすぞなく」(素性法師)
春立てば…とは立春のことです。
つまり暦の上で春となったのだから、雪を花(梅)と見て鶯が鳴いているだろうか、という歌です。

10「春やとき 花や遅きと ききわかむ うぐいすだにも 鳴かずもあるかな」(藤原言直)
春がきたのが早いのか花(梅)が咲くの遅いのか、聞いて判断しようとした鶯さえもまだ鳴かない

上の2首は「暦上の春」と「実際の春」の情景とのギャップを面白がった歌です。
ここで「実際の春」と言っているのが、当時の歌人が「体系化した春」です。

以下の歌に特徴的です
11「春きぬと 人はいへども うぐひすの なかぬかきりは あらじとそ思ふ」(壬生忠峯)
春が来た…立春となったと人が言っても、鶯が鳴かない限りはまだだと思う

これらの歌を見てわかるように、体系化された季節の上では
「鶯が鳴く」ことが「春」になることなのです。

では季節を飛びこえて、体系化した「夏」になる条件はなんでしょうか?

それは「ホトトギスが鳴く」ことです。
137「五月まつ 山ほととぎす うちはふき 今もなかなむ こそのふるこゑ」(よみ人しらず)

このように平安歌人は、季節の情景を体系化し暦上の季節と比較して歌にするという、大変高度な遊びをしていたのです。

その一方で理知的・分析的な古今和歌集の歌は、素直な詠みぶりの万葉集の歌に比べて面白くないとも言われます。
確かにそうですね。
正岡子規など明治歌人などには相当批判を受けています。

ただこれは歌のもつ多面性の一つです。
理知の美学で描く耽美の世界こそ、古今和歌集の真骨頂です。

13「花の香を 風のたよりに たぐへてぞ うぐひす誘ふ しるべにはやる」(紀友則)
32「折りつれば 袖こそにほへ 梅花 有りとやここに うくひすのなく」(よみ人しらず)

梅の香をうつして鶯を誘う、なんと美しい情景でしょう!
梅と鶯のゴールデンコンビは、切っても切れない仲ですね。

と言いましたが、あの鶯、
とんでもない浮気な野郎だったのです…

鶯との取合せ、実は「梅」よりも「桜」の方が多いんです。
その数なんと8首(梅とは6首)。
108「花の散る ことやわびしき 春霞 たつたの山の うぐひすのこゑ」(藤原後蔭)

これはなんたる事実!

あいつの涙に騙されてはいけませんよ。
4「雪の内に 春はきにけり うぐひすの 凍れる涙 今やとくらむ」(二条の后)

(書き手:和歌DJうっちー)

「恋の和歌」その全てを5分で知る! 「恋歌残酷物語」

古今和歌集の恋の部(一~五)には歌が360首も採られています。すごい数ですよね、しかもそれが「恋の過程」に沿って並べられているということ、みなさんご存知でしょうか?
今回はそれを実感いただくために、恋部の歌を短い恋物語に仕立ててみました。
その名も 「恋歌残酷物語」!

恋歌、それはすれ違い続ける男女の残酷な物語
相手を見初めるも、伝えられぬ恋心
悶々と思い悩む夜は続く
恋の歓喜は刹那
禁断の逢瀬の代償は高く
後悔の涙に暮れゆく無残な人生

宮廷に花咲く雅な恋物語、なんてイメージとはほど遠いのが恋歌なのです。
その残酷な物語、さっそく覗いてみましょう。※5分で読める!
恋歌物語の主役が現代女子だったら!? 「妄想女子の恋歌日記」

■恋歌残酷物語

その1「狂い咲く恋の花」
ほととぎすが鳴き、あやめが咲く5月。
穏やかな風の中に佇む一人の男。

その胸の中は、理性の効かぬ思いで乱れていた。
ある女への思い。それはまことに純粋な慕情であった。

「これが恋なのか?」
そう思うのに時間は掛からなかった。
初めての恋なのに。

その2「見知らぬ女」

恋とはこういうものなのだな。
不思議にこれほど愛おしく思う女に、私は逢ったことがない。

噂に聞くばかりだが、この思いは菊に置く白露のように、
夜は起きて眠ることができず、昼は苦しくて消えてしまいそうだ。

風のように、目に見ることが出来ない人であるが恋しくてたまらない。

どこに吹いて行くのだろう、この恋の風は。

その3「女の横顔」

私は花見に出かけた。
山には霞が立ち、せっかくの桜を見せまいと隠している。
まあいい。私の目的はこちらの花ではない。

霞の向こうにぼんやりと女たちの姿が見える。
あれは私を手引きした女房か。
だとすると、、、あれが私が思う女?

立ち込める霞の中に、その横顔を垣間見た気がした。

「美しい」

はっと溜息がもれた。

それは満開の桜花を忘れてしまうほどであった。

その4「募る恋心」

女の姿が強烈に焼き付いて離れない。

霞を隔て、おぼろげに見えただであったのに。
恋が心を惑わせているのだろうか?

癪な話だが

白露が葉に置くように起きては嘆き
寝ては恋しさが募る。

その5「末摘花の色」

あの花見から、ひと月はたっただろか。
のぼせ上がっていたが、この状況を少しは客観的に眺められるようになった。

あの女は本気になってはいけない女だ。
それもそうだろう、彼の人の婚約者なのだから。

しかし世の中には、頭で理解してもどうしようもないことがある。
他の男の婚約者だからとて、恋してはならない道理があるか?
欲しいものは欲しい、これは私の真っ直ぐに純粋な欲求だ。

こうしてまた堂々巡りが始まる。
してはならない恋。秘して思うしかないのだろうか。

しかしこのままでは、そうあの末摘花の美しい紅の色のように、遅かれ早かれ思いは表に出てしまうことだろう。
恋に落ちた男はただ無力だ。

その6「たゆたう舟」

物思いの日は続く。
相手構わず恋をしていた頃が嘘のようだ。
打ち明けられない恋とは、かくも辛いものだとは知らなかった。

海へ行こう。

あの大海に包まれれば、少しは気が休まるかもしれない。
さしずめ私は頼りなく漂う一艘の船。ゆらゆらと行方も分からずただ彷徨うだけ。
そんな私を、どうか咎めないでほしい。
この恋を自由に往来できる梶さえあれば、正気に戻るのだから。

その7「夢で逢えたら」

目を閉じると、何ともなしにあの人の姿が現れてくる。
考えない様にすればするほど、それは更に強くなる。

これは拷問だ

せめて夢で逢瀬を果たそう。

恋しい人に枕を向けたら夢で逢えるという
そんな戯言さえも今は頼ってしまいそうだ

この枕はどこに向けたらいい?

こうしてまた、眠れぬ夜は虚しく更けてゆく。

その8「儚さの極致」

あの女を思い始め何日立つだろう。

10日、20日、30日、、、ゆうに100日は経っただろか?
数を書いてみよう。
紙ではなく水面に。

ふっ、そんないたづら事をしてどうしようというのだ。
描いた刹那、虚しく消えてしまうというのに。

それにもまして儚いのは、思ってくれない女をこうして思い続けることよ。

その9「涙の河」

この涙はなぜ流れるのか?

あのひとに逢えない悲しみ、叶わぬ恋への絶望、それとも己の無力さに嘆いてか?

例えでもなんでもなく、涙が河のように流れ留まらない。

夢さえも確かに見えない有様だ。

この涙の河に浮かんでも、恋の心は燃え続けている。

その10「深淵の思い」

あのひとは彼の男の婚約者。

抱いてはならぬ、恋心。

とても人に明かせるものではなく、思い偲ぶより他はない。

ただ、どうかあのひとよ知ってほしい。
鳥達の声が聞こえぬあの奥山のように、この深い深いあなたへの思いを。

知ってほしい。
それだけがせめてもの慰め。

その11「恋の季節は巡りゆく」

あの人を垣間見た春から、季節はもう秋になった。

恋の物思いに耽っていると、四季の巡りが早く感じられる。

相変わらず夕方ともなると、涙で袖は濡れに濡れる。秋露が付いたのだろうか?

来年の春には氷が残りなく溶ける様に、
あの人の心よ、どうか私に溶けてくれ。

その12「夢に祈る」

あの人に会えた。

それは夢のなかだったけれど、この手には温もりが残っている。

思いつつ寝れば、また会えるのだろか?

もしそうなら、永遠に夢から覚めなくてもいい。

その13「愛しさ繁る」

愛しく思えど

あの人に伝わることはない。

いったいこの恋に価値はあるのだろか?
ただ虚しく辛いだけではないか?

それでも、恋の心は募りゆく

あの山深い草の繁みよりも

あの蛍の光よりも

その14「恋に死ぬ」

あなたに逢えないのなら、もはや生きている意味もない

いっそのこと「死んでしまおうか」幾度もそう思った

しかし私の心は、未練がましくもあなたを求める

安っぽい決心はいとも簡単に崩れ、無様に生き恥をさらす

ああ

あなたに一目でも逢うことができたら、生きる希望となるだろうに

その15「孤独」

秋風が身にしみる

悶々とする気持ちはまるで、秋の野に乱れ咲く花々のようだ

しかし、こやつらはまだいい

すぐ傍に悲しみを分かちあえる友がいるのだから

私は孤独だ

慰め声を掛けてくれる友などいない

その16「純心」

峰に引き裂かれる、白雲の嘆き

思い描くことさえ、貪汚(たんお)の咎

ああ、天井の月影よ

その真澄な光があれば

この純潔が伝わるだろか

その17「恋の弓ひく」

梓弓(あずまゆみ)

思いを寄せる 今夜もひとり

白真弓(しらまゆみ)

心を射抜き 共寝できたら

その18「天の川」

七月七日

彦星と織姫は今月今夜
一年に一度の逢瀬を遂げるという

彦星がうらやましい

私の天の川は涙にあふれ
涙の河となり果てた

濡れるばかりで
幾光年経ど

逢うことは叶わない

その19「逢いたい」

真夏の夜の暑さがそうさせたのか
ついに私は行動を起こす

あの人を奪うため
逢えるまでは何度も通ってやろう

そう、渚による波のように何度でも何度でも

だからどうか、あの人の関守よ
この恋路を邪魔しないでくれ

もう後戻りできないのだ

その20「禁断の逢瀬」

恐ろしくも走り始めた禁断の恋

あの人は彼の男の婚約者

だからなんだと言うのだ

一度逢瀬を遂げた恋を
だれが止めることをできよう

これは月が山の端から出てくるように
ごく自然のなりゆき

どうせ幾夜も逢えないのだ

逢坂のゆふつけ鳥よ
どうか今夜は鳴かないでくれ

その21「愛の絶頂」

人生とはかくも素晴らしいものだったのか

愛しい人に逢える
なんと幸せなことであろう

秋の夜長などと言うが、それは名前のみであったようだ
愛しい人といると、あっという間に夜が過ぎてしまう

ほら、もう夜が明けた

必ずやってくる別れの時
寂しさの涙か雨だか分からないがずぶ濡れだ

でもいい
またすぐ逢えるのだから

人は愛するために生きている
この時は心の底からそう思った

しかし

愛の絶頂はほんの一瞬なのだと

間もなく気づくことになる

その22「狂気の恋路」

きぬぎぬの別れ後の孤独

共寝をした夜の事を思うと
言いようのない儚さに襲われる

本当にあの人と一緒にいたのだろか?

あなたが来てくれたのか、私が行ったのか?

寝ていたのか、起きていたのか?

夢だったのか?

現実だったのか? 

これは狂気!

そういえば、あの帰り道
人に見られなかっただろうか?

そんな恐ろしいことを考えるくらい
私は狂っているのだろう

この恋路に

その23「愛が恐怖に変わる時」

私は人道を外れた行為を犯した

実の兄の女を奪ったのだ

初めから分かっていたことだったのに
今や恐怖が先に立つ

この関係が表立つことは、なんとしても避けなければならない

どうか愛しいひとよ

私と逢ったことは口が裂けても言わないでくれ

私を恋しく思うのであれば、心の中でひっそりと思っていてくれ

そう、紫の根擦りの衣の様に、顔色になぞ決して出さないと約束してくれ

私も断じて口にすることはない
あなたのことを

一途で純粋な恋心は、もはや罪業の恐れへと変わってしまった

その24「後顧の憂い」

人に知られてはいないか?
そう思うと、背筋が凍る

とにかく今は、あの逢瀬をなかったことにするしかない

紅の色のように
厳冬の朝、笹の葉に置く初霜の様に
決して、顔色になぞ出してはならない

忘れよう
忘れよう

ただそう思うほど、愛しさがこみ上げる

なんという苦しさだろう

いっそのこと、玉の緒が切れるように乱れてしまいたい
誰の咎めも受けずに

その25「忍ぶれど」

忘れる苦しみ

忘れられない苦しみ

幾度も寄せは返す慚愧の波

恋が私に残したのは
夜の海原のようなどこまでも暗く深い苦悩だけ

もう限界だ

噂が立っても構わない

私は自由になりたいのだ

この海原を漕ぎ出して

あの山橘のように

その26「秘密は白日の下に」

あの夜々を知る人はいないはずなのに

禁断の恋は宮中だけでなく
野山あまねく知られるところになった

恐れていた最悪の事態

しかし私は自分でも驚くほど冷静だ

男と女の間にあるのは恋だけである
私の恋など、数多の恋物語の前では塵に等しい

どうせ消えゆく恋ならば
いっそ激しく燃えてみようか

その27「愛こそすべて」

この世で唯一変わらないもの

それが愛だ

私は確信した

愛こそが生きる理由なのだ

春、すべてを魅了する桜花よりも美しいあなた

夏、盛んに繁る草草のように深く思っています

秋、たとえ木の葉の色は変わっても、この恋心は変わらない

その28「LOVE PHANTOM」

会いたい、会いたい、会いたい

他に何も望まない

ただあの人に会いたい

生きている時間はすべて

あの人と過ごしたい

恋の亡霊に憑りつかれた男の

その結末は生か死か

その29「裏切り」

あの人は裏切った
ただそれだけ

夏衣が薄いように

木の葉の色が変わるように

至極当然のなりゆき

私は愚かな道化の一つ

人生に確かなものなど
決してないのだろう

あるとすれば
この怒り、虚しさ

いや

惨めな自分だけ

その30「恋はまぼろし」

私にはなにもない

虚無という言葉さえ空しい

心のすべてを征服していた恋は
塵も残さず失せてしまった

恋をする前の自分はどんな人間だったのだろう
今となっては思い出せない

恋はまぼろし

泡沫の夢

昔のように笑える日が来るだろか

その31「空の彼方」

忘れたい

そう思うほど、切なさがつのる

思い出はすべて捨てたはずなのに
まだ残ってる

大空よ
この果てにあなたをみてしまう

月でさえ

春でさえ

昔のままでないのに

私だけは何も変わらない

ひとり空を見上げてる

その32「涙濡れて」

「寒い」

冷たい秋風に意識がもどる
今夜も寝覚してしまった

ふと袖に目をやる

そこには見えたのは月

濡れに濡れた月

あれから幾夜泣き濡れただろう

もうずっと

眠ったままでいたい

その33「身にしむ秋風ぞ吹く」

秋風が吹いている、
来ない人を待ち続ける私を嘲るように

あの人の心を遠ざけたのは
この秋風の仕業なのか

つれない人の言の葉は
秋より先に色変わりしてしまった

いっそ心が木の葉のようだったら、
この風にまかせて散り乱れるというのに

その34「花と恋」

恋を失って分かったことがある

人の心は花染の色のように
移ろいやすいものだということ

それでいて花の様には色が見えない

だから思い悩むのだ

そしてもう一つ

本当に憎むべきは
心変わりしたあの人ではなく

恋に染まってしまった私自身ということ

恋などしなければよかった

その35「人生を、今はじめて振り返る」

あれから

私はずっとひとりでいた

恋という恋もせず
ただ年老いてしまった

思えばあの苦悩の夜こそが

生きているということだった

私の生涯とは

一体なんだったのであろう?

完結「恋というもの」

振り返れば

涙とともに
流れ流れて生きてきた

でも

すべてよしとしよう

これが恋

いや

これが人生というものなのだ

「恋歌残酷物語」完

(書き手:和歌DJうっちー)

百人一首はなぜつまらないか(百人一首その1)


百人一首といえば和歌に興味がなくても知っている方は多いでしょう。
ただそれはカルタ遊びとしてかもしれませんが、和歌文化を今に残すという意味では極めて重要な存在です。

百人一首は和歌界の偉人、藤原定家が選出した和歌のアンソロジーだといわれています。飛鳥時代の天智天皇から始まり鎌倉時代の順徳院まで、百人の秀歌が一首ずつ年代順に並んでいます。百人一首をきっかけに、和歌のファンになった方も多いのではないでしょうか。

ただこの百人一首、和歌のアンソロジーつまり「和歌文化を総括するベストアルバム」と捉えると、正直言ってつまらない作品集です。百首に目を通す前に飽きてしまう方は、けっして私だけではないはずです。
それはなぜか?

なぜなら百首のほとんどが、似たような歌ばかりだからです。
想像してみて下さい、もしビートルズの「アンソロジー(Anthology)」全155曲の半分が「レット・イット・ビー 」だったら…辟易して二度と聞かなくなるでしょう。

ここまで極端ではないとしても百人一首は同じような歌、つまり「ワンパターン」に陥っているのは確かです。

■ワンパターンその1、「似たような情景、言葉」

百人一首を眺めて、すぐ分かることがあります。
それは、似たような歌が多いことです。

1「秋の田の かりほの庵の とまをあらみ わが衣手は 露にぬれつつ」(天智天皇)
15「君がため 春の野に出て 若菜つむ わが衣手に 雪はふりつつ」(光孝天皇)

19「難波潟 みじかきあしの ふしのまも あはでこの世を 過ぐしてよとや」(伊勢)
88「難波江の あしのかりねの ひとよゆへ 身をつくしてや 恋わたるべき」(皇嘉門院別当)

11「わたのはら 八十嶋かけて こぎ出ぬと 人には告げよ あまのつりぶね」(参議篁)
76「わたのはら こぎ出てみれば ひさかたの くもゐにまがふ 奥津白波」(法性寺入道前関白太政大臣)

これらは特に似かよった歌例ですが、おおむねこのような傾向があります。お手付きを狙った「カルタ遊び」としては秀逸な撰歌といえますが、和歌のベストアルバムとしては疑問が残ります。

■ワンパターンその2、「ネガティブな恋」

百人一首はといえば「恋」というほど、恋歌が多く採られている印象がありますよね。
それもそのはず、百人一首の部(テーマ)別構成は以下になります。
・恋:43首
・四季(春夏秋冬):32首
・雑部:20首
・羈旅:4首
・離別:1首

四季歌を圧倒し、百首のおよそ半分が恋歌であることが分かります。他の勅撰和歌集などを見ても、こんな偏りは見受けられません。
そして、です。これら恋歌のほとんどが「忍ぶ」「待つ」「思う」「恨む」といった超ネガティブ(消極的)思考。

40「忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人のとふまで」(平兼盛)
49「みかきもり 衛士のたく火の 夜はもえ 昼は消えつゝ 物をこそおもへ」(大中臣能宣朝臣)
63「今はたゞ おもひ絶なん とばかりを 人づてならで いふよしもがな」(左京大夫道雅)
85「よもすがら 物思ふころは 明けやらぬ ねやのひまさへ つれなかりけり」(俊恵法師)

これらが二首に一首の割合で登場するとなれば、鑑賞者もくら~い気持ちになってしまいます。
本来、和歌には瑞々しい一目惚れ(垣間見)の恋歌だってあるのに!
「ほととぎす 鳴くや五月の あやめくさ あやめもしらぬ 恋もするかな」(よみ人しらず)
「春日野の 雪間をわけて 生ひいてくる 草のはつかに 見えしきみはも」(壬生忠峯)
「山さくら 霞のまより ほのかにも 見てし人こそ 恋しかりけれ」(紀貫之)

百人一首にこんなウキウキした歌はありません。

■ワンパターンその3、「伝統へのこだわり」

百人一首のすべては、代々の勅撰和歌集から撰出されていることをご存知でしょうか。
・古今和歌集:24首  
・後撰和歌集:7首  
・拾遺和歌集:11首
・後拾遺和歌集:14首
・金葉和歌集:5首
・詞花和歌集:5首
・千載和歌集:14首 
・新古今和歌集:14首
・新勅撰和歌集:4首
・続後撰和歌集:2首

ご覧いただいて分かるように、最も多く選出されているのが「古今和歌集」です。
確かに初代勅撰和歌集である古今和歌集は「日本文化・伝統の基礎」というべきもの。ただ、基礎の裏返しは「凡庸」であると言えないでしょうか?

古今集から時代が下った「新古今和歌集」では、その300年間に鍛えられ、洗練された和歌が複数詠まれました。
「梅花 匂ひをうつす 袖のうへに 軒漏る月の 影ぞあらそうふ」(藤原定家)
「白妙の 袖のわかれに 露落て 身にしむ色の 秋風ぞふく」(藤原定家)
「春の夜の 夢の浮橋 とだえして 峰にわかるる 横雲の空」(藤原定家)
→関連記事「定家vsマラルメ 世紀を超えた対決! 象徴歌の魅力に迫る

いわゆる「象徴歌」なんて評価されるこれら新古今歌は、現代の私たちにも新鮮に、そして言葉の芸術であるように映りますよね。
しかし、新古今後に撰集されたはずの百人一首にこれらの歌は見当たりません。
いったいどうして、百人一首の撰者である定家は自らの過去を否定するかのように、あの百首から新古今の芸術を捨て、古今集という伝統にこだわったのか?

定家は新古今和歌集の編纂後、「近代秀歌」という歌論を執筆します。
そこでは自らが切り開いた新古今歌を否定するかのように、紀貫之や近代の先達に習い、心ある歌「有心」や小野小町を代表とする「余情妖艶」を歌の規範とするよう強調しています。
→関連記事「余情妖艶と小野小町

後鳥羽院との共同作業に相当参ったのでしょう(泣) …まあ分かりませんが、ともかく新古今時代以後、
定家は伝統的な古今歌風を重んじ、中でも恋歌を重んじるようになっていくのです。

そして百人一首。
これは定家晩年(75歳)の仕事です。人生のいわば総仕上げというべき歌集で、彼は自身の美学をそのまま表現しました。
それが「恋歌(ネガティブ思考)偏重」であり「伝統(古今集)偏重」なのです。
→関連記事「藤原定家 ~怒れる天才サラリーマン~」
→関連記事「色なき歌集 百人一首で知る、閑寂の美

いかがでしょうか。百人一首は藤原定家の美学の結晶とはいえ、和歌文化を網羅的に扱ったベストアルバムではないことがお分かり頂けたと思います。
和歌には本来、多様な歌があることをぜひ知ってほしいと思います。
→関連記事「日本人なら覚えたい和歌のグレイテスト・ヒッツ10!

(書き手:和歌DJうっちー)

古今和歌集 恋歌残酷物語 完結「恋というもの」

828「流れては 妹背の山の なかに落つる 吉野の河の よしや世中」(よみ人しらす)
—————-
振り返れば

涙とともに

流れ流れて生きてきた

でも

すべてよしとしよう

これが恋

いや

これが人生というものなのだ

恋歌、堂々とここに完結!!!

(書き手:和歌DJうっちー)
→関連記事「5分でわかる恋歌の全て ~古今和歌集 恋歌残酷物語(総集編)~
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古今和歌集 恋歌残酷物語 その35「人生を、今はじめて振り返る」

825「わすらるる 身をうちはしの 中たえて 人もかよはぬ 年そへにける」(よみ人しらす)
826「あふ事を なからのはしの なからへて こひ渡るまに 年そへにける」(坂上是則)

—————-

あれから

私はずっとひとりでいた

恋という恋もせず

ただ年老いてしまった

思えばあの苦悩の夜こそが

生きているということだった

私の生涯とは

一体なんだったのであろう?

(書き手:和歌DJうっちー)
→関連記事「5分でわかる恋歌の全て ~古今和歌集 恋歌残酷物語(総集編)~
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古今和歌集 恋歌残酷物語 その34「花と恋」

795「世中の 人の心は 花そめの うつろひやすき 色にそありける」(よみ人しらす)
796「心こそ うたてにくけれ そめさらは うつろふ事も をしからましや」(よみ人しらす)
797「色見えて うつろふ物は 世中の 人の心の 花にそ有りける(小野小町)

—————-
恋を失って分かったことがある

人の心は花染の色のように

移ろいやすいものだということ

それでいて花の様には色が見えない

だから思い悩むのだ

そしてもう一つ

本当に憎むべきは

心変わりしたあの人ではなく

恋に染まってしまった私自身ということ

恋などしなければよかった

(書き手:和歌DJうっちー)
→関連記事「5分でわかる恋歌の全て ~古今和歌集 恋歌残酷物語(総集編)~
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古今和歌集 恋歌残酷物語 その33「身にしむ秋風ぞ吹く」

777「こぬ人を まつゆふくれの 秋風は いかにふけはか わひしかるらむ」(よみ人しらす)
783「人を思ふ 心のこのはに あらはこそ 風のまにまに ちりみたれめ」(小野貞樹)
787「秋風は 身をわけてしも ふかなくに 人の心の そらになるらむ」(紀友則)
788「つれもなく なりゆく人の 事のはそ 秋よりさきの もみちなりける」(源宗于)

—————-
秋風が吹いている、

来ない人を待ち続ける私を嘲るように。

あの人の心を遠ざけたのは、この秋風の仕業なのか。

つれない人の言の葉は、秋より先に色変わりしてしまった。

いっそ心が木の葉のようだったら、

この風にまかせて散り乱れるというのに。

(書き手:和歌DJうっちー)
→関連記事「5分でわかる恋歌の全て ~古今和歌集 恋歌残酷物語(総集編)~
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→令和の古今伝授(和歌を詠み書くための会、神無月)10/27(日)9:50~11:50