【和歌マニア(第20回)】妄想女子の恋歌日記(恋初めし2月)

新企画! イマドキ女子がつづる、恋の妄想日記。2月は恋の若葉も萌え出る。恋する女子の妄想は今も昔も変らない!

♪放送で紹介した和歌
478「春日野の 雪間をわけて 生ひいてくる 草のはつかに 見えしきみはも」(壬生忠峯)
479「山さくら 霞のまより ほのかにも 見てし人こそ こひしかりけれ」(紀貫之)
498「わが園の 梅のほつえに 鶯の ねになきぬべき 恋もするかな」(よみ人知らず)

【和歌マニア(第19回)】クイズ、掛詞はどれだ!?

掛詞を難易度に分けてクイズ形式で出題!「秋」「飽き」から「澪標」「身を尽くし」まで、あなたはこの平安オヤジギャグを見つけられるか!? 果敢に挑戦したろっこの結果はいかに? あの「SUICA」は現代のトリプル掛詞だった。

♪放送で紹介した和歌
「あき風に 山のこの葉の 移ろへば 人の心も いかがとぞ思ふ」(素性法師) Lv.1
「たち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む」(納言行平)Lv.5
「難波江の 芦のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき」(皇嘉門院) Lv.20
「逢ふ事の なきさにしよる 浪なれば うらみてのみぞ 立帰りける」(在原元方) Lv.10
「しきたへの 枕の下に 海はあれど 人をみるめは 生ひずぞ有りける」(紀友則) Lv.10
「霞たち このめもはるの 雪ふれば 花なき里も 花ぞちりける」(紀貫之) Lv.5
「唐衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ」(在原業平) Lv.100
「君しのぶ 草にやつるる 古里は まつ虫の音ぞ 悲しかりける」(よみ人しらず) Lv.10

賀歌 ~日本人のバースデーソング~


唐突ですが質問です。
日本人が誕生日を祝うために歌う、定番のバースデーソングといえば?

100人中98人はこう答えるでしょう、
「Happy Birthday to You」です! と。

Happy birthday to you~
Happy birthday to you~
Happy birthday, dear 〇〇ちゃん~
Happy birthday to you♪

見ての通り英語の歌詞。
でも歌詞もメロディいたってシンプル。子供だって歌えます。
それ故でしょうか、世界で一番歌われている歌としてギネスにも登録され、日本のみならず世界的なバースデーソングの定番とされています。

ちなみにこの偉大なる祝賀歌「Happy Birthday to You」。
替え歌だってこと、ご存知でしょうか?

原曲はアメリカ人のMildred J. Hill、Patty Smith Hill姉妹が作詞・作曲した「Good Morning to All」。
それがどうにかこうにかあって、世界的なバースデーソングになりました。
作詞・作曲者が分かっているということは、その著作物には当然著作権がありその保護期間があります。
「Happy Birthday to You」の歌詞は1999年、メロディは2007年まで著作権で保護されており、本来は許諾を得ないと歌えないものだったのです。
※詳細はWikipediaをご覧ください

と、私が今回ネタにしたいのは「Happy Birthday to Youは実は替え歌だった!」ではありません。
日本人による、日本人のためのバースデーソングはないのか? です。

ちなみにくだんの「Happy Birthday to You」は丘灯至夫氏による日本語歌詞があります。
が、この歌の存在は今は置いておきましょう。
閑話休題…

日本生粋のバースデーソングはあるのか?

もちろんあります!
そう、我らが古今和歌集に。

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古今和歌集には「賀歌」という部があります。
そこには22首の祝いの歌が収められており、このうちはっきりとバースデーソングだと分かるものが17首も存在します。

348「ちはやふる 神や切りけむ つくからに 千歳の坂も こえぬべらなり」(遍昭)
このバースデーソングは、光孝院の叔母の誕生会で遍照が歌ったものです。
なんとこの誕生会、詞書によると叔母の「八十路の賀」でした。平安時代の女性の平均寿命は30歳弱だったといいますから、なんともご長寿な叔母さまです。

347「かくしつつ とにもかくにも ながらへて 君か八千代に あふよしもがな」(光孝院)
この歌は破格のバースデーソングです。なぜなら光孝院という時の君主が、家臣(遍昭)へ「とにもかくにも永らえて あたなの八千代の人生を目にしていたい」などと感情たっぷりに歌い上げているのですから。
もう地位も身分も関係ありません。本気のバースデーソングですね、これは。
歌を贈られた遍昭としては、感無量の面持ちであったことでしょう。

355「鶴亀も 千歳ののちは 知らなくに あかぬ心に まかせはててむ」(在原滋春)
鶴と亀が出てきて、いやーなんともめでたい。

357「春日野に 若菜つみつつ 万世を 祝ふ心は 神ぞしるらむ」(素性)
前述の3首をご覧いただいたとおり、和歌のバースデーソングには「千代(ちよ)」「八千代(やちよ)」と長い年月を歌い込むことが定番です。
この歌ではついに「万(よろず)」に到達しました。ちなみにその上には「八百万(やほよろず)」が控えています。
ちなみに「八」という数字には、「非常に沢山」という意味が含まれています。歌以外にも「お江戸八百八町」なんていいますよね。

349「さくら花 散りかひくもれ 老いらくの 来むといふなる 道まがふかに」(在原業平)
さすが六歌仙、在原業平。バースデーソングにも個性が光ります。
定番の千代、八千代を歌い込むことなく、「さくら花 散れ!」なんて縁起でもないことを発句しておいて、「老いてしまう道を隠すように」と見事にまとめる。すごいセンスです。

343「わが君は 千世に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまて」(よみ人しらず)
この歌は…
説明するまでもありませんね、国家「君が代」の元となった歌です。
ちなみに古今和歌集には詞書もなく、よみ人も知らず。そんな不明点もあって国歌斉唱なんかで問題にされることもあります。
しかし、この歌もおめでたいバースデーソングのひとつ。大目にみてあげましょうよ。
→関連記事「君とは誰だ? ~君が代と古今和歌集~

さて、日本人による日本人のためのバースデーソング、ご堪能頂けたでしょうか。
これからは「Happy birthday, dear 〇〇ちゃん~」ではなく、
「千世に八千代に 〇〇ちゃん~」または「〇〇ちゃんの八千代に あふよしもがな~」でいきましょう♪

(書き手:和歌DJうっちー)

【和歌マニア(第18回)】アーティスト特集「伊勢」

伊勢は小野小町と双璧をなす、古今和歌集の代表女流歌人。モテモテ伊勢の宮中を舞台にしたドロドロ恋愛事情。貫之風の歌は、わざとモテないための作戦だった!?

♪放送で紹介した和歌
「春霞 たつを見すてて ゆく雁は 花なき里に 住みやならへる」(伊勢)
「難波潟 みじかき芦の 節(ふし)の間も 逢はでこの世を 過ぐしてよとや」(伊勢)
「難波なる 長柄の橋も つくるなり 今はわが身を 何にたとへむ」(伊勢)

【和歌マニア(第17回)】梅の歌の鑑賞ポイント

「色」に「香り」に「うぐいす」、梅は三度楽しめる! 和歌マニで梅のフルコースをご堪能あれ。紀友則と藤原定家の梅オシャレ歌にロッコも感激。和歌を知ればいつもの梅が違って見える!

♪放送で紹介した和歌
337「雪ふれば 木ごとに花ぞ 咲きにける いづれを梅と わきてをらまし」(紀友則)
6「春たてば 花とや見らむ 白雪の かかれる枝に うぐひすぞなく」(素性法師)
13「花のかを 風のたよりに たぐへてぞ 鶯さそふ しるべにはやる」(紀友則)
32「折りつれば 袖こそにほへ 梅花 有りとやここに うぐひすのなく」(よみ人知らず)
40「月夜には それとも見えず 梅花 香をたづねてぞ 知るべかりける」(凡河内躬恒)
「大空は 梅の匂いに 霞みつつ 曇りも果てぬ 春の夜の月」(藤原定家)
「梅の花 匂いをうつす 袖のうへに 軒もる月の 影ぞあらそふ」(藤原定家)

【和歌マニア(第16回)】実は面白い天皇の和歌

「建国記念の日」を前に知る天皇と和歌! 建国とは? それは神武天皇の即位された日、ということで天皇の系譜と和歌をご紹介します。天皇と共に歴史あり、和歌と共に歴史あり。古事記に記された神代の和歌はとっても人間クサかった。天智、天武の兄弟天皇から崇徳、後鳥羽、今上天皇までの面白いエピソード盛りだくさん!

建国記念の日に知っておきたい! 天皇と和歌


2月11日は「建国記念の日」です。
日本の建国をしのぶ日ですから、成人の日や敬老の日と違ってあまねく日本国民にとっての祝日です。

ただこの「建国」、何をもって定義されているかご存知でしょうか?
それはなんと、初代天皇「神武天皇」が即位した日なのです!
※神武天皇の即位日は紀元前660年の1月1日(旧暦)とされ、これを新暦に換算すると2月11日になるのです

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神武天皇は「カムヤマトイワレビコノミコト」ともいい、曽祖父は高天原から日向高千穂の峰に天孫降臨した「瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)」。瓊瓊杵尊の祖父はなんと、伊勢神宮に祀られているかの太陽神「天照大神(アマテラスオオミカミ)」です。
つまり神武天皇は人であり神であったような人物なのです。

「おお天皇すげー!!」
と、この話を純粋に信じる現代日本人はいないでしょう。
もちろんこれは古代日本の歴史書「古事記」「日本書紀」に記された神話です。
建国記念の日が「記念日」ではなく「記念の日」と、ぼやっとしているのもそういった理由からです。

ただ宮内庁のWEBサイトにある「天皇系図」には、神武天皇の在位期間として前660~585年としっかり明記されています。
これはなんというか、日本の微笑ましさというか懐の深さを感じさせてくれますね。
→「天皇系図

さて、前述した「古事記」「日本書紀」にはおよそ190首もの「歌」が収めれていることをご存知でしょうか?
これは取りも直さず日本最古の歴史書が、日本最古の「歌謡集」でもあるということです。
さらにこの事実からは、天皇ひいては日本の歴史はその最初から「歌」が欠かせないものであったことが分かります。

「歌」の心は歴々の天皇に受け継がれ、現代でも宮内庁主催で歌会を催すなど今上天皇まで息づいます。
万世一系は伊達ではありませんね。

とうことで、天皇ならびにそれに関係する代表歌をご紹介しましょう。

神代 須佐之男命(スサノオノミコト)

「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」(須佐之男命)
須佐之男命は、天地開闢をなした「伊邪那岐命(イザナギ)」の鼻から生まれた、天皇家の祖神「天照大神」の弟です。
傍若無人な振る舞いで高天ヶ原を追われますが、降り立った出雲の地で八岐大蛇を退治し、櫛名田姫と結婚します。
この歌は新婚の宮を建てる際、何重の雲が立ち上ったのをみて詠んだとされます。ちなみにこれが三十一文字で詠まれた最初の歌だと言われています。

神代 瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)

「沖つ藻は 辺には寄れども さ寝床も あたはぬかもよ 浜つ千鳥よ」(瓊瓊杵尊)
これは瓊瓊杵尊が妻である豊吾田津姫の信頼を失い、寝床に来てくれなくなった辛さを歌ったものです。
浜千鳥はいいよな~、藻が寄って来てくれるから…と。神様の歌ですが、なんとも人間臭いです。

初代 神武天皇(カムヤマトイワレビコノミコト)

「みつみつし 久米の子等が 垣下に 植ゑし椒(はじかみ) 口疼く 我は忘れじ 撃ちてしやまむ」(神武天皇)
天孫降臨以来日向の地にあった天皇家は、神武天皇の代に大和へと拠点を移します。その道のりは苦難の連続、至る土地土地で由来の神様と戦いが勃発します。ちなみにこのエピソードを「神武東征」といいます。
この歌は勝ち戦後の酒宴で詠まれた「久米歌」の一首です。久米の者たちが垣の下に植えた山椒、その山椒で口がしびれたような恨みを俺は忘れないぞ! 力で大和の地を平定した、従来の天皇にはない滑稽ながらも猛々しい歌です。

第38代 天智天皇

「妹があたり 継ぎても見むに 大和なる 大島の嶺に 家居らましを」(天智天皇)
天智天皇の即位前の名は中大兄皇子。645年、中臣鎌足と企て蘇我入鹿を暗殺し、後に天皇に即位しました。ちなみに鎌足は藤原氏の始祖です。
大和の大島の嶺に家があったら、愛する君がいるあたりをずーと見てるのになぁ、なんてとっても純愛ですね。

第40代 天武天皇

「紫の にほへる妹を 憎くあらば 人妻故に 吾恋ひめやも」(天武天皇)
天武天皇は天智天皇の弟、即位前の名は大海人皇子です。壬申の乱で天智天皇の子大友皇子に勝利し天皇に即位しました。大宝律令、古事記、日本書記などの編纂を命じるなど、歴代天皇の中でも最も君主らしいのがこの天武天皇です。
歌に出てて来る人妻「額田王」は兄天智天皇の妻を指しますが、実はこの女性、なんと自分の元妻だったのです。それが兄に召されて人妻になったのです。でも憎いなんてことはない、なぜならまだ恋してるから! いや、いかんいかん。という歌。 この奔放な恋愛関係、冗談なのか本気なのかよく分かりません。
ちなみにこの歌、額田王の歌への返歌です。
「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」(額田王)
ちょっとあんた私に手を振らないでよ、野守(天智天皇)が見てるかもしれないでしょ!

第60代 醍醐天皇

「かくてこそ 見まくほしけれ 万代を かけてにほへる 藤浪の花」(醍醐天皇)
醍醐天皇は延喜の治と称される天皇親政を行い、延喜式を編纂するなど積極的に政治を行った人です。なかでも初の勅撰和歌集「古今和歌集」の編纂を命じたことで有名ですね。その天皇らしく、醍醐天皇の歌は和歌として完成しています。

第66代 一条天皇

「秋風の 露の宿りに 君をおきて 塵をいでぬる ことぞ悲しき」(一条天皇)
一条天皇の御代には正妻が二人(藤原道隆の娘皇后定子、藤原道長の娘中宮彰子)いわゆる一帝二后という異様な事態になりました。ただそれゆえに後宮サロンは競うように華やぎ、源氏物語や枕草子といった歴史的な王朝文化を育むのです。
歌にみえる世の中を「露」や「塵」に例えるところなんか、なんとも弱々しく感じます。

第72代 白河天皇

「しづかなる 気色ぞしるき 月影の 八百万代を 照らすべければ」(白河天皇)
白河天皇は譲位後に堀河、鳥羽、崇徳天皇と三代43年間もの間、政治の実権を握り続けました。ちなみにこのスタイルを院政といいます。
平家物語に「賀茂河の水、双六の賽、山法師、是ぞわが心にかなわぬもの」という逸話がありますが、逆にいうとそれ以外は意のままだったといことで、この歌にも王者白河院の風格が毅然と現れています。

第75第 崇徳天皇

「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ」(崇徳天皇)
崇徳天皇といえば日本史上最も悲劇的な天皇として知られています。父鳥羽院には愛されず、弟である後白河天皇と争った(保元の乱)結果、讃岐の地へ流刑となってしまうのです。崇徳院の恋歌には強い切迫感を感じます。
→関連記事「崇徳院 ~ここではないどこかへ~

第82代 後鳥羽天皇

「我こそは 新島守りよ 隠岐の海の 荒き波風 こころしてふけ」(後鳥羽院)
後鳥羽院は天皇家の中で最後の帝王であったような人です、ただその舞台は政治ではなく文化において。すでに政治の実権は鎌倉方に移っていましたが、それを覆そうと後鳥羽院が起こしたのが「承久の乱」です。あえなく敗れた院は隠岐に流刑となってしまいます。これはその際に詠まれた歌ですが、沈鬱な影は見えず、相変わらず息巻く院の姿があります。
→関連記事「後鳥羽院 ~お前のものは俺のもの、中世のジャイアン~

第125代 今上天皇

「園児らと たいさんぼくを 植ゑにけり 地震ゆりし島の 春ふかみつつ」(今上天皇)
言わずと知れた今上(平成)天皇の平成十四年歌会始の歌です。この年の歌題は「春」でしたが、天皇は阪神淡路大震災の被災地で、園児らと泰山木を植えた思い出を詠まれました。

天皇の役割は変われど、歌の心は変わりません。今上天皇が退位され、新しい天皇の時代となっても。

(書き手:和歌DJうっちー)

【和歌マニア(第15回)】雪の歌セレクション

2017年一発目スタート! 冬にも花があった…それは「雪」! 平安歌人の美しい感性で詠まれた冬の花の歌をご紹介します。でもその雪ほんとうに美しい? 英語マスターのろっこが力説、日本の外にいる方が日本文化の良さが分かる!

♪放送で紹介した和歌
「みよしのの 山の白雪 ふみわけて 入りにし人の おとづれもせぬ」(壬生忠岑)
「雪ふれは 冬ごもりせる 草も木も 春に知られぬ 花そさきける」(紀貫之)
「冬ながら 空より花の ちりくるは 雲のあなたは 春にやあるらむ」(清原深養父)
「朝ぼらけ 有明の月と 見るまてに 吉野の里に ふれる白雪」(坂上是則)
「雪散るや おどけも言えへぬ 信濃空」(小林一茶)
「これがまあ 終(つひ)のすみかか 雪五尺」(小林一茶)

→令和の古今伝授(和歌を詠み書くための会、長月)9/22(日)9:50~11:50