現代短歌の機能不全、「文語的世界」の崩壊

現代短歌と古典和歌との違いを考えるとき、題とか韻律とかさまざまな要点が考えられますが、根本的には「現実性」の違いにあると思います。
和歌はいうなれば「虚構の文学」で、男が女にもなればその逆も自然にあって、大貴族が貧しい農民になりきって歌を詠むこともめずらしくない、内容だって眼前にない花や経験のない恋愛を常套的な手法を用いて歌に表現する、つまり噓があたりまえの文芸なのです。これは和歌というものが貴族の社交の場において詠まれてきたことが背景にあります。
一方の現代短歌というものは、和歌のこの「つまらなさ」に対抗して生まれたものですから、「虚構」を180度転換して「写実」ということを主張し、「リアリティ」つまりこの世、今を生きる「我」を徹底的に内省して吐き出した文学であります。

しかしこの現代短歌の「リアリティ」が、私にはどうにも嘘くさく感じる。それはなぜかと考えたのですが、どうやらそれはは詠みあわされた「文語」にあると思うのです。「〇〇してをり」、てな調子で醸し出された文語がまことにいやらしく鼻をつく。ふだんまったく聞きなれない優雅な言葉がドヤ顔で迫ってくる。
これは現代歌人の文法や韻律に力がないというのではく、今や文語そのものが壊滅してしまったからではないか、少なくともいち読者として短歌を読んだとき、わたしは強くそれを感じるのです。

戦後しばらくは「文語的世界」が成立していたと思います。明治以降に日本がいかに近代化をはじめたといっても、生活や信仰、まわりの自然といった日常風景はまだ「文語的世界」が続いていた。それがたぶん、昭和の終わりごろにはすでになくなっていて近代化は完全になされていた、つまり「文語的世界」は消えていた。しかし「文語的世界」を現実に知る諸先輩がまだまだ活躍していたので、だから若い世代も「文語的世界」は当然にあると信じて疑わず、詠み人も読者もそれを受け入れていた。

しかし平成、令和ともなると「文語的世界」は完全に虚構になってしまう。それは先輩方が先立たれてゆかれたのもそうだが、それより、存命の「文語的世界」を記憶する先輩世代との分断が進んだことが大きいと思います、世代間の分断です。
つまり若い世代は先達をつうじた「文語的世界」の間接体験さえもなく、実感としてはまったくない、彼らにとっては「文語的世界」なんぞ虚構の極みで、メルヘンの花園となった。しかし現代短歌の詠み人らは、文語はいまだ生きている、文語文芸は成立すると錯覚して歌を詠んでいるものだから、三十一文字から噓くささが臭うことになってしまったのです。

これは現代短歌にとって極めて問題で、リアリティを至上命題とするはずの短歌が、文語を用いることによってリアリティを欠如するという矛盾を抱えてしまったということです。

ですから昨今の「口語短歌」は当然の成り行きだと思いますが、しかしどうでしょう、短歌という三十一文字の文学は、韻律あってこその文学であったのではないか。かの京極派の写実歌も、美しい文語があって歌となっているではありませんか。

「夕づくひ岩根の苔に影きえて丘の柳は秋風ぞ吹く」(永福門院)

本来文語のない、つまり韻律のない歌など歌ではないのです。
(だから「俳句」は俳句である)

つまるところリアリティを欠如し、文語を欠如した短歌は早晩歌などではない。現代短歌はもはや機能不全を起こしている、私はそう言いたいのです。

さらにTwitter(ツイッター)です。リアルの圧縮された文章といものは、もはや短歌ではなくツイッターというツールが担っている。そう考えると現代短歌はよけいに危機的状況にあると思います。
現代短歌はいかにあるべきか、世代、結社を越え、とくに若い方に真剣に考えてほしいと思います。

※塚本邦雄氏の以下の言葉が、今後の短歌にとってヒントになるのかもしれません。

現在、源氏物語や雨月物語と同じ文体で小説を書くなどという現象がまず考えられないことである以上、短歌の作詩方とは一応奇怪至極のものであり、不条理のポエムといか言いようがない。短歌は今作られて、そのまま古典たることを至上命令とするのだ。言いかえればその矛盾こそ栄光とするのであり、凡百の作品はそのまま栄光の重荷に耐えることができない

「新しさというのが価値判定の第一の基準であるのなら、短歌はそこで最初に失格する。しかしうつくしさが第一の基準であるのなら、すぐれた短歌は決して失格することなく、それであればこそ短歌は生きてきたし、今後も生きるだろう」(「定型幻視論」)

「和歌とは? 歌であり教養であり美である」

(書き手:歌僧 内田圓学)

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