今こそ、和歌を楽しもう!

和歌とは現代短歌、俳句の元となった日本の伝統的な歌形式。万葉集に見られるように、本来伝統的な歌形式には長歌、旋頭歌そして短歌などが存在した。しかし結果的に三十一文字(五・七・五・七・七)の短歌のみが好まれ、これを漢詩に対抗する意味合いであえて「和歌」と銘打ち、はじめて天皇勅撰で編纂したのが「古今和歌集」なのである。日本人はこれによってはじめて、文化的アイデンティティ(=国風文化)を獲得した。

古今和歌集は以後の日本文化に決定的な影響を与えた。ここで歌われた春夏秋冬や恋の抒情といったものが、日本の美術、芸道そして人生観の礎となったのだ。それは千年たった今も変わらない。たとえば「桜」。私たちはこれにおのずと愛好の念を寄せるが、それはなぜか? 端的に言うと、古今和歌集でそのように歌われたからである。そしてその満開よりも散る姿に心を動かされるのも、同じ理由なのである。
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明治時代まで、日本の文化人は当然のように古今和歌集をはじめとする古典和歌に学んできた。芭蕉しかり子規しかりである。しかし西洋文化が氾濫するにしたがい、これらは軽視され、ほとんど顧みられなくなってきた。まこと、愚の極みである。
日本文化の礎である和歌を知らずして、日本を考えることはできない。和歌を知らずして、偉大なる先達との対話(作品鑑賞)なんぞできるはずない。
今や古典作品は上流貴族のみが独占する秘蔵ではなくなった。近所の本屋やネットでだれでも簡単に閲覧できる。にもかかわらず、これに近づくものは乏しい。

衣食住、現代の日本人はすべからく恵まれている。しかし、心にはただむなしい風が吹いている。その病原は西洋に由来する個人主義だ。現代短歌さへも「われ、ワレ、我」と一人語りに収斂する一方である。
元来、日本人は「和」に心を安んじる。調和や協調、現代では過去の遺産と嫌われる精神だが、これがあって幸福感を得られるのが私たちなのである。

心の豊かさを求むなら「和」を求めよ。薄っぺらい言葉だけではない、本当の「和」だ。そして求めてわかるだろう、その到達点が古今和歌集を起点とする「和歌」にあると。
和歌の「和」は、春夏秋冬つまり世俗との「和」であり、憧憬を寄す先達つまり過去との「和」である。そして大切なのは、自分自身との「和」であることだ。

今こそ、和歌をそして古典を楽しもう。
日本人として、人生の風雅を得るために。

(書き手:和歌DJうっちー)