百人一首に採られなかったすごい歌人! 女性編(大伴坂上郎女、俊成卿女、宮内卿)


百人一首は和歌のベストではないにせよ「歌人のベスト」ではあると、以前ご紹介しました。
→関連記事「百人一首はなぜつまらないか(百人一首その1)

ただそれでも、
「伊勢の海、清き渚の玉は、拾ふとも尽くることなく…」(「新古今和歌集」仮名序より)
ではありませんが、百人一首に採られていなくとも、素晴らしい歌人はいくらでもいます。

というわけで、残念ながら百人一首には採られませんでしたが、
個人的に大好きな歌人を男女三名ずつご紹介しましょう!
今回はその「女性編」です(百人一首にならい、八代集に採られている歌人を対象としました)。

→関連記事「百人一首に採られなかったすごい歌人! 男性編(山上憶良、花山天皇、源頼政)

大伴坂上郎女

万葉集でもっとも歌が採られた女流歌人をご存知でしょうか?
それがこの方、大伴坂上郎女です。

柿本人麻呂や山上憶良に匹敵する長短合わせて80首強の歌が入集し、その巧みな恋(相聞)歌は女流歌人の元祖というべき存在!
坂上郎女はその名が示すように、大伴旅人の異母妹であり大伴家持の叔母であった人です。おそらく一族のキーマンだったのではないでしょうか? 彼女がいなければ大伴歌壇の隆盛も非凡な歌人家持もそれこそ万葉集だって生まれなかった、なんて私は思ったりします。

坂上郎女の恋歌は非常にユニークで、小野小町に代表される平安以後の女流歌人とは趣がだいぶ異なります。
例えば、
「来むと言ふも 来ぬ時あるを 来じと言ふを 来むとは待たじ 来じと言ふものを」(大伴坂上郎女)
「愛しいあなたは来ようといって来ない時があるのに、それが来ないって言ってるんだから来るのを待ったってしょうがない。だって来ないっていってるんだから」

言ってることは分かるんですが、文字にするとなんだか分かりにくいこの歌。これは万葉の歌がまさしく口から出る「歌」だったということです。
平安の恋歌では決してみられない表現ですが、私はすごく好きです。

「夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の 知らえぬ恋は 苦しきものを」(大伴坂上郎女)
坂上郎女の恋歌がすごいのは、バリエーションが非常に豊富だということ。「繁みに咲ける姫百合」なんて、平安の女流歌人にも通じる素敵な序詞だって詠むのです。
きっと小町も伊勢も、坂上郎女を目指していたのでしょう。

「黒髪に 白髪交じり 老ゆるまで かかる恋には いまだ逢はなくに」(大伴坂上郎女)
坂上郎女は老いてもなお盛ん。私、今までこんな恋したことない! この情熱は、和泉式部もきっとビックリです。
時折見せるこのエモーショナルな歌風が、坂上郎女ひいては万葉歌の魅力です。

俊成卿女&宮内卿

「俊成卿女」と「宮内卿」は後鳥羽院の女房歌人として活躍し、当時の歌壇に一代ムーブメントを起こした名立たる女流歌人です。
「増鏡」や「無名抄」(鴨長明)にも伝説的なエピソードを残しており、「祐子内親王家紀伊」や「皇嘉門院別当」を採るくらいなら、なぜこの二人を採らなかったのか? と定家を問い正したいと思うほどの二人です。ましてや俊成卿女なんて定家の姪なんですから。

俊成卿女と宮内卿はともに後鳥羽院に抜擢されたことや、うらはらな歌風もあいまって当時からよく比較されてきました。
例えば鴨長明の「無名抄」には、

「今の御所には、俊成卿女と聞こゆる人・宮内卿とこの二人の女房、昔にも恥ぢぬ上手どもなり。歌のよみやうこそ、ことの外に変りて侍りけれ」
無名抄(第66話)

なんて一文が見えます。

そこではさらに、俊成卿女はもろもろの歌集をくまなく見た後それらを捨て静かに詠歌した、一方の宮内卿は歌集を手元に置き、とりあえずメモを書きつけて夜も昼も怠らずに詠歌に励んだ、と対照的に描かれています。
しかしこの心労が祟ってか、宮内卿はわずか二十歳にして亡くなってしまいます。俊成卿女が八十歳まで長寿を保ち、歴々の歌壇で活躍したのとは正反対です。
とにもかくにも貫之と躬恒がごとく、新風の凄腕歌人として比較されてきた二人の歌を見てみましょう。

「風かよふ 寝覚めの袖の 花の香に 香る枕の 春の夜の夢」(俊成卿女)
まさに妖艶を突き詰めたような歌。これが春の歌だっていうから驚きです。

「あくがれて 寝ぬ夜の塵の 積もるまで 月に払はぬ 床のさむしろ」(俊成卿女)
さすが御子左家の名を背負う歌人、新古今の新風を完全にその手中にしています!
叔父にあたる定家としては、同門の頼もしさよりも脅威の方が先立っていたのかもしれませんね。

「面影の かすめる月ぞ 宿りける 春やむかしの 袖の涙に」(俊成卿女)
俊成卿女に料理されれば、業平の本歌もかすんでしまいます。
そんな模糊とした妖艶な雰囲気が、彼女の歌からは溢れ出ています。
→関連記事「俊成卿女 ~溢れ出るムンムン女子力~

「うすくこき 野辺のみどりの 若草に 跡までみゆる 雪のむら消え」(宮内卿)
初春の野辺の叙景歌です。雪が溶け行く様を「うすい、こい」という表情で捉えた斬新な歌です。
この感性にオジさん歌人たちは驚嘆したのでしょう。これ以後宮内卿は「若草の宮内卿」と評されるようになります。

「花さそふ 比良の山風 吹きにけり 漕ぎゆく舟の あと見ゆるまで」(宮内卿)
山吹の花を、その花ではなく湖の一面に落ちてかつその上を船が通り過ぎて残った後で示す!
宮内卿の恐ろしいまでの観察眼に感服しました。

「霜を待つ 籬の菊の 宵のまに おきまよふ色は 山の端の月」(宮内卿)
躬恒の「初霜の置きまどはせる白菊」にさらに光を添えた、いわば究極の美の歌です。
→関連記事「色彩感覚に乏しい平安歌人? 好きな色は「白」一択! の謎。

妖艶な恋の歌と、鋭敏な四季の歌。
曖昧と明瞭。
俊成卿女と宮内卿の歌風は、まったく違うことが分かります。
この二人が百人一首に採られていれば、集の印象も随分変わったことでしょう。

(書き手:和歌DJうっちー)