【百人一首の物語】二十一番「今来むと言ひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな」(素性法師)

二十一番「今来むと言ひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな」(素性法師)

素性法師の父はあの僧正遍照、桓武天皇の曾孫にあたり確かな血統ゆえ殿上人にまで昇る。しかし父の助言もあって若くして出家、その後は「歌」をつうじて宮廷とのつながりを保った。このような歌を媒介とした社会関係は後世の西行を待たずとも多くあったのだろう。

しかし父も父なら子も子か、素性の詠みぶりも一筋ではない。基本を踏まえつつもどこか斜に構えて必ず一家言の含みがある、ようするにアイロニカルなのだ。かといって決して嫌味はなく、むしろオシャレに感じるのは高貴な血筋がそうするのだろう。例えば「山吹の歌」※、当時山吹色の衣は「梔子」で染織していた、だから問えども答えてくれない「口無し」だから… う~ん、す・て・き!(笑

素性は「寛平御時后宮歌合」に出詠した記録が残り、貫之とも交流があったと思われる。しかし機知で知られた貫之も、そのセンスでは素性にはるか及ばない。それほど素性は唯一無二の歌詠みなのだ。

それなのに! 百人一首には没個性のつまらぬ歌が採られてしまった。素性法師らしさをまったく感じない、当時の歌人ならだれでも詠めるような駄作だ。必至に見どころを挙げるとすれば、「待つ恋」の虚しさを女に成り代わって詠んだところくらいだろう。

※「山吹の花色衣ぬしやたれ問へど答へずくちなしにして」(素性法師)

(書き手:内田圓学)

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