和歌・古典好きはまず、「奥の細道」を読もう!

今の時代に和歌なんて古臭いものを学ぼうなんて人に、ぜひ知ってほしい文章があります。
松尾芭蕉の紀行文「奥の細道」です。

芭蕉はもちろん俳諧の人ですから、奥の細道に収めれているのは和歌ではありません。私が知ってほしいのは、芭蕉の発句よりも古典文学に対する向き合い方です。それはその序文から明らかです。

「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」
奥の細道

この文章、学校の教科書にも必ず載っていますからほとんどの方が知っているはずです。でもこの意味、分かります? いや、日本語としては分かると思うんです。

「月日というのは、永遠の時間を旅する旅人のようなものであり、来ては去っていく年もまた旅人のようなものだ」

どの教科書でも、だいたいこんな訳が付いていると思います。その上で、、、やはり分からない。
なぜならこの一文、芭蕉の人生哲学が凝縮されているからです。そこで、私なりにこの一文を分かりやすくしてみました。奥の細道を一通り読んだ上で、私にはこのように芭蕉が言っているように思えます。

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月日は永遠の旅人である。
来ては去り、去っては来る時の往来とはすなわち「人生」であり、そこに生きる人間とは等しく「旅人」なのである。この無常の旅路は留まる場所も歩む目的もなく、ひたすらに孤独な道程である。そこを行くわれら旅人は、ただただ流れるだけの虚しき泡沫のごとき様である。
しかしこの旅をしっかと捉え、向き合い、立ち向かった旅人がいる。彼ら偉大なる旅人は無常なる旅路に爪痕を残し、それは今にも輝きを湛えている。
私のみちのくの旅は、この「時の爪痕」つまり先達の遺産たる歌枕を巡り、憧憬を寄せ、願わくば彼らの境地に一歩でも近づこうという企てである。
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芭蕉は単なる名所めぐりをしたかったわけではありません。奥の細道の紀行は、そもそもが西行の五百年忌を偲んで企画されたものでした。芭蕉はこの旅で憧憬を寄せる古典の遺産、つまり歌枕にひたすら浸ろうとしたのです。ただただ憧れと敬愛の念をもって、先達の歌人が歌い継ぎ時を経てなお面影を残す名所旧跡を訪ねたのです。

例えばここ、芦野の「遊行柳」。
芭蕉が最も憧れた偉大なる先達、それが「西行」です。
西行が美しさのあまりしばらく動けなかったという「遊行柳」に案内された芭蕉は、同じように立ち止まります。田一枚植え終るまで。
「田一枚 植て立去る 柳かな」(芭蕉)

次いで信夫の里の「もぢ摺り石」
これは古今東西、歌を愛する人間なら誰でも知ってる伝説的歌枕。みちのくを旅するなら、決して外せません。
「早苗とる 手もとや昔 しのぶ摺り」(芭蕉)

さらに岩沼の宿の「武隈の松」
芭蕉が敬愛する旅歌人のひとり「能因」、彼は目することができなかった武隈の松。
接ぎ木されて立派な二木の姿に蘇ったその姿に出会い、芭蕉は目の覚める心地を得ました。
「桜より 松は二木を 三月越し」(芭蕉)

奥の細道のエピソードで、最も有名だと言っていいでしょう。
平泉の「光堂」
かつて栄華を誇った藤原三代の地は跡形もありませんでした。
しかし四方を囲われた金色堂だけはその輝きを残していたのです。永遠の記念碑となって。
「五月雨の 降のこしてや 光堂」(芭蕉)

極めつけはこの地、多賀城の「壷の碑」
壷の碑は聖武皇帝の時代、坂上田村麻呂が蝦夷征討に書き記したといわれる石碑です。
昔から多くの歌枕が語り継がれてきましたが、その跡が確かに残っているものはごく僅か。
しかし、ここに芭蕉は千歳の記念碑を目の当たりにして感極まるのです。
「行脚の一徳、存命のよろこび、羈旅の労をわすれて、なみだも落つるばかりなり」と。

「古典なんて学ぶ意味あんの?」と問われれば、そんなもんありません。
あるのはただ「好き」という心であり、それはそのまま「数寄」でもあります。

芭蕉だけでなく、芭蕉が憧れた能因や西行もまた、古典への数寄心が風狂な旅をさせました。そりゃあ現代日本人、彼らと同じように旅することなんて出来ないでしょう。でも彼らのひたむきな姿勢には、たっくさん学ぶものがあります。

奥の細道の最後をご覧ください。芭蕉の数寄が心憎いまでに表われています。

また舟にのりて 、
「蛤の ふたみに別れ 行秋ぞ」(芭蕉)

江戸の千住を旅立ちおよそ半年の行脚を経て大垣に到達した芭蕉、彼が紀行文の締めに書き残した言葉がこれです。
「さあ、また出かけようか!」

芭蕉さん、あんたかっこよすぎるぜ…(涙
というわけで、ぜひ「奥の細道」を読んでみましょう!
まずは下の令和和歌所特製!「奥の細道 一覧マップ」で、芭蕉&曾良の足どりと発句を鑑賞してみてください♪

(書き手:歌僧 内田圓学)

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