【百人一首の物語】三十二番「山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり」(春道列樹)

三十二番「山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり」(春道列樹)

取ってつけたような風雅であるが、嫌味がない。それは名前のせいだろうか、“春道列樹(はるみちのつらき)”とは歌詠みが宿命というべき美しい名だ。しかし勅撰集入集はわずか五首にとどまり、期待には遠かった。それでも定家が採ったのはこの歌に一つの技量を見出したのだろう。風を「擬人化」し、紅葉を柵(しがらみ)に「見立て」た風雅、春道はさらりとやってみせるが、これを一首の中でまとめるのは思うほど簡単ではない。漢詩にも劣らぬ和歌の技巧、そのベストプラクティスとしてこの歌はうってつけであったのだ。しかしどうせ採るなら春の歌であったら、彼の名は一段と映えたことだろう。

さて、春の花のほとんどが「散る姿」を詠まれるのに対し、柵に譬えられたこの歌のように、秋の紅葉は多様な詠まれ方がされる。唐錦の見立て※1は知られるが、他にも川に立つ紅の浪※2、山路のレッドカーペット※3、鹿との取り合わせ※4、久方の月の桂※5などなど。それはさながら紅葉がごとく、とりどりの色模様だ。

※1「ちはやふる神世もきかず竜田川唐紅に水くくるとは」(在原業平)
※2「もみぢ葉の流れてとまるみなとには紅深き浪や立つらむ」(素性法師)
※3「踏みわけてさらにや訪はむもみぢ葉のふり隠してし道とみながら」(よみ人しらず)
※4「奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿の声きく時ぞ秋は悲しき( 猿丸大夫)
※5「久方の月の桂も秋はなほもみぢすればや照りまさるらむ」(壬生忠岑)

(書き手:歌僧 内田圓学)

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