アメコミも真っ青!? 秋の雁の特殊能力


X-MENやスパイダーマンなど、アメコミには様々な特殊能力をもったヒーローが登場しますが、実は古今和歌集にも驚きの特殊能力を複数併せ持つ凄腕が存在します。

それは誰あろう、秋を代表する鳥「雁」です!
※ちなみに「雁」は「がん」ではなく、和歌においては「かり」と発します。

「雁」は、春の「うぐいす」、夏の「ほととぎす」と並ぶ古今和歌集を代表する鳥のひとつ。
ただうぐいすが「春を待ち望む姿」、ほととぎすが「鳴き声に懐かしい人を思い出す」といった定型的な詠み方をされるのに対し、雁は様々な趣向を凝らして詠まれます。で、その趣向がアメコミヒーローばりの特殊能力に溢れているのです。
今回はそんな「雁」の特殊能力を、歌と共にご紹介しましょう。

■能力1「目からインクビーム」
258「秋の夜の 露をば露と おきながら 雁の涙や 野辺を染むらむ」(壬生忠岑)
なんと! 雁の涙は野原を染めるのです、それも秋の色に。
(平安歌人は秋の夜露が、野原を秋色に染めると表現しました)

■能力2「巨大化」
212「秋風に 声を帆にあげて くる舟は 天の戸渡る 雁にぞありける」(藤原菅根)
なんと! 雁は空を渡る巨大な船に変化します。
(これは群れをなして飛ぶ姿を見立てたものです)

■能力3「時空ワープ」
30「春くれば 雁帰るなり 白雲の 道ゆきふりに ことやつてまし」(凡河内躬恒)
31「春霞 立つを見すてて ゆく雁は 花なき里に 住みやならへる」(伊勢)
鳥であれ花であれ、和歌の景物は基本的に詠まれる季節というものが決まっています。
ただ上の歌で分かるように、雁は「秋」だけでなく「春」でも詠まれています。
これは時空を超えたワープだ!
(これは「帰雁」といって、花も咲かぬ早春、北へ帰る雁の姿が詠まれます)

■能力4「脱力ボイス」
481「初雁の はつかに声を 聞きしより 中空にのみ 物を思ふかな」(凡河内躬恒)
雁の声を聞いただけで、脱力して心は上の空になってしまうのです! なんて恐ろしい。
(初雁の声を、初めて僅かに聞こえた愛しい人の声に例えた恋歌です。中空にもの思ふとは? まぁ要するに恋わずらいですね)

■能力5「ラブ・メッセンジャー」
207「秋風に 初雁がねぞ きこゆなる たがたまづさを かけてきつらむ」(紀友則)
雁はたまづさ(玉章)つまり「手紙」を運ぶ使者でもありました。
そう、雁は愛する二人をつなぐラブ・メッセンジャーでもあったのです。
(雁はたまづさの由来は中国の故事にあったようです)

いかがでしたか?
雁の特殊能力にアメコミヒーローきっと度肝を抜かれたことでしょう。
実は和歌における歌語(この場合「雁」)で、これほど多くの設定がなされいるものはありません。

森鷗外の小説「雁」には不忍の池(上野)を往来する雁が描かれているように、ちょっと前までは身近な渡り鳥であった雁。
この特殊能力を知って、ぜひ秋の歌に詠んでみましょう。

(書き手:歌僧 内田圓学)

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