恋の和歌はなぜつまらないか?

恋の和歌はなぜつまらないか?
世間一般では「今と変わらぬ恋心に胸キュン必至!」と無条件に礼賛されている感がありますが、
正直申し上げて、恋の和歌は面白いものではありません。

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一応断っておくと、全ての恋の和歌がつまらないと言っているのではありません。
中には男の私がウットリするような歌もあります。
だが大半は、つまらない。

では早速その「つまらない」代表例を古今和歌集からあげてみましょう。
487「ちはやふる 加茂の社の 木綿襷 ひと日も君を かけぬ日はなし」
489「駿河なる 田子の浦浪 たたぬひは あれとも君を こひぬ日はなし」
508「いで我を 人なとがめそ おほ舟の ゆたのたゆたに 物思ふころぞ」
493「たぎつ瀬の 中にも淀は ありてふを なと我恋の 淵瀬ともなき」
509「伊勢の海に 釣りする海女の 浮子なれや 心ひとつを 定めかねつる」
534「人しれぬ 思ひをつねに するがなる 富士の山こそ わが身なりけれ」
604「つのくにの 難波の葦の 芽も張るに しげきわが恋 人しるらめや」
626「逢ふ事の 渚にしよる 浪なれば 怨みてのみぞ 立帰りける」

恋部の前半をざっと見ただけでも、こんなにつまらない歌がありました。
皆さんも同様の感想を持たれないでしょうか?

実はこれらの歌には共通点があります。
それは、「比喩の序詞」で構成されていることです。
そしてその比喩がつまらなさを生んでいる元凶なのです!

例えば
437「襷(たすき)を掛けないことがないように、思いを掛けないことはない」とか
487「浪が立たない日はあっても、君を思わない日はない」さらに
「大船の様な思い」、「激流のような恋」、「海女の浮子(うき)のように揺れる」などなど…

言っては悪いですが、センスのないギャグのように思えます。
これら比喩が現代人の私にとって、全く共感できない。
そう、恋歌がつまらないのは、共感できないからなのです!

ストレートに恋心を表することは下卑とされた時代。
秘めた思いは花鳥風月に例え優美に表現しなければなりませんでした。
そこで多用されるのが、「○○のように思っています」という比喩の序詞。
この例え方が、現代の我々の感覚からあまりにもズレているから、共感できないのです。

つまり恋歌がつまらないのは、下手とか稚拙とかいう理由ではなく、
時代のギャップゆえに共感できないがための結果なのです。

だから序詞の比喩が現代にも共感可能であったり、序詞のない恋歌は、我々もウットリ感じることができます。

例をあげましょう。
まずは共感可能な比喩の序詞として、以下の歌。

479「山桜 霞の間より ほのかにも 見てし人こそ 恋しかりけれ」
春霞に隠れる山桜のように、微かに見えたあなたが恋しい…

542「春たてば 消ゆる氷の 残りなく 君が心は 我に溶けなむ」
暖かくなって冬の氷が残りなく溶ける様に、あなたの心よ、私に溶けてくれ

なんとも美しい…
現代でも十分通用しそうな口説き文句ではありませんか!
(恥ずかしくて言えないだろけど…)

そして、序詞のないストレートな恋歌の例。
552「思ひつつ ぬればや人の 見えつらむ 夢としりせば さめざらましを」
あの人のことを思いつつ寝たから夢で出会えたのだろか? 夢と分かっていれば目覚めなかったのに

553「うたたねに 恋しきひとを 見てしより 夢てふ物は 思みそめてき」
うたたねで恋しいあの人に出会えてから、夢だけを頼りにしています

理屈のない素直な恋心。
こういう歌は男には詠めません。
実際2首ともかの女流歌人、小野小町の歌です。
→関連記事「小野小町 ~日本的、恋愛観のルーツ~

さて、これで古今和歌集の恋歌がつまらない理由がはっきりしましたね。
→関連記事「和歌の入門教室 序詞

ちなみに序詞による比喩は、「○○の様」とダイレクトに例える「直喩」です。
一方で「暗喩」による恋歌も多数存在すると思います。

例えば以下
46「梅か香を 袖に移して 留めては 春はすくとも 形見ならまし」
あなたの香を袖に移し留めて、別れた後の形見とします…

もらい泣きしそうな切ない別れのシーン。見事な恋の歌ですよね。
しかしこの歌、「春」の歌なのです。
詞書にも男女の別れなどと記してあるわけではなく、表面上は季節の移り変わりを嘆く歌です。
ただこれを暗喩つまり「春」を「思い人」とみれば、恋歌として十分に成り立ちますよ。

四季歌に潜む恋心、探ってみても面白そうです。

(書き手:歌僧 内田圓学)
→関連記事「既視源氏物語 ~古今集恋歌の光る君~(総集編)

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