「旧恋(ふるきこひ)」は、これまで見てきた“恋のプロセス”の範疇を超えたところにあります。昔の恋、またはいつまでも忘れられない恋を思い出し、歌に詠んだものです。恋が終わってずいぶん経っているはずですから、とうぜん割り切って昔の人・恋を懐かしんでいるかといえば、そうでもないのが和歌らしいところ。あの重ったるい感情は健在で、まさに今も恋の真っただ中にいるかのようです。
主な表現としては「時過ぐ」、「年とし経ふ」、「ふる(布留・古)」、「遠ざかる」など時間の経過を表すことば、また「ながれてもたのむ」、「忘れず」といまだに粘着している感情などが詠まれます。
『古今集』より
あひ知れりける人のやうやく離かれ方がたになりけるあひだに、焼けたる茅の葉に文をさしてつかはせりける
「時すぎてかれゆくをのの浅茅には今は思ひぞたえずもえける」(小町が姉)
物おもひけるころ、ものへまかりける道に野火の燃えけるを見てよめる
「冬がれの野辺とわが身を思ひせばもえても春を待たましものを」(伊勢)
「水の泡の消えてうき身といひながら流れて猶もたのまるるかな」(友則)
「吉野河よしや人こそつらからめはやくいひてし事は忘れじ」(躬恒)
「荒磯海の浜のまさごとたのめしは忘るる事のかずにぞ有りける」(よみ人しらず)
「葦辺より雲居をさして行く雁のいやとほざかるわが身かなしも」(よみ人しらず)
「忘らるる身をうぢ橋のなか絶えて人もかよはぬ年ぞへにける」(よみ人しらず)
『六百番歌合』より
廿五番 旧恋
左勝
「末までといひしばかりに浅茅原やどもわが名も朽ちや果てなん」(女房)
右
「斧の柄も年ふる程は知るものをなどわが恋の朽つるよもなき」(寂蓮)
廿六番
左持
「つれなさの心長さをひきかへて絶えぬ契りとおもはましかば」(季経)
右
「つれなさもこふるうき身も年を経て心長さはかはらざりけり」(中宮権大夫)
廿七番
左
「わがなかをふるの荒田とうち捨ててたれに行きあひの早稲わせつくるらん」(顕昭)
右勝
「山ふかみ苔の下もる谷水や年ふる恋のなみだなるらん」(家隆)
廿八番
左持
「いかなりしよよの報いのつらさにてこの年月によわらざるらん」(定家)
右
「年経にしつらさにたへてながらふと聞かれんさへぞ今はかなしき」(隆信)
廿九番
左勝
「今はただむかしがたりになり果てて恋も我が身をはなれましかば」(兼宗)
右
「よのひとのむかしがたりになりなましうきにたへたる我が身ならずは」(経家)
卅番
左持
「わが恋はふるのの道の小笹原いくあき風に露こぼれきぬ」(有家)
右
「こひそめし心はいづくいそのかみ宮このおくの夕暮の空」(信定)
『草庵集』より
御子左入道大納言家旬十首、旧恋
「さりともと思ひしことも昔にてたのまぬなかを忘れかねつつ」(頓阿)
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