古今和歌集とは何か? それは端的に「美の結晶」です。
つまり古今集を語ることは、美について語るのと同意なのです。
うわべをさらっておくと延喜五年(西暦905年)、醍醐天皇の勅命により紀友則、紀貫之、凡河内躬恒、壬生忠岑らによって編纂された最初の勅撰和歌集。総歌数はおよそ1100首、万葉集に倣って巻二十の体裁をとり、仮名序および真名序を備えた構成は以後の勅撰和歌集の手本となりました。これを名づけて「古今和歌集」と言ふ!
その最大の特徴が時間的推移による歌の配列です。万葉集にも一部(巻一、二)に時系列による配列がみられますが、古今集はこの配列こそが歌集の肝となっており、歌集という集合物の価値が最大限に発揮されています。
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実例として、巻一(春)から数首見てみましょう。
1「年のうちに春はきにけり一年を 去年とやいはむ今年とやいはむ」(在原元方)
2「袖ひぢてむすびし水の凍れるを 春立つ今日の風やとくらむ」(紀貫之)
3「春霞たてるやいづこみよしのの 吉野の山に雪はふりつつ」(よみ人しらず)
年が明け、春風が吹き、霞の中雪が降る…
次いで巻十一(恋)。
469「ほととぎす鳴くや五月の菖蒲草 あやめも知らぬ恋もするかな」(よみ人しらず)
470「音にのみきくの白露夜はおきて 昼は思ひにあへず消ぬべし」(素性法師)
471「吉野河いは浪たかく行く水の はやくぞ人を思ひそめてし」(紀貫之)
まだ噂でしか知らない人、恋に気づき、思い悩む日々が始まる…
このように古今集では歌と歌が互いに寄り添いながら、自然と人事がゆっくりと移ろい変化してゆくのです。
美とは何か? このメタフィジカルな問いに数多の哲学者や芸術家が挑んできました。
それに対する古今和歌集の答えが、時の移ろいに対峙して表出した人間の情感であったのです。
これは配列という妙技によらなくとも、優れた一首には自然と見て取れます。
46「梅か香を袖にうつして留めては春はすぐとも形見ならまし」(よみ人しらず)
53「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」(在原業平)
84「久方のひかりのどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ」(紀友則)
絶えず変化し続ける森羅万象、生老病死にさいなまれる無常なる人生。
あさましきかな人間はこの絶対の真理に抗って時間を留めようとする。それは叶わぬ願い、途方もなき無駄な足掻き。しかしそれでも人間は求めることをやめない…
葛藤、虚無そして絶望! 実のところ古今和歌集の美とは「永遠に叶わぬ希求心」から起こっているのです。
古今和歌集に輝く美の真髄がおわかりいただけたでしょうか。この集が四季と恋を二大テーマ(部立)としているのも、おのずから納得がいくというものですね。
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ところで「日本の特徴は?」という質問に「四季があること」などと答える人がいますが、四季がある国なんていくらでもあります。でもそう信じている日本人は多い、なぜか?
それは日本文化が古今集で築かれた四季への愛着と美意識を前提に成り立っているからです。
このように、古今和歌集が紡いだ物語は日本人に共通の美意識を打ち立てたのです。
また、いわゆる「奥ゆかさ」などに日本人の特徴を見る人もいるでしょう。これは古今集の「恋歌」で紡がれた価値観に由来します。
互いに求めて得られる充足の感情を「愛」だとすれば求めても決して得られない希求の感情が「恋」。忍ぶ女に、待つ男。すれ違い続ける男と女は結ばれることなく、ただ夢に希望を託すばかり。この受容的、忍従的な恋の抒情を「あはれ」として打ち立てたのが古今集であったのです。
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紫式部の「源氏物語」、松尾芭蕉の「猿蓑」、尾崎紅葉の「金色夜叉」、樋口一葉の「十三夜」、三島由紀夫の「豊饒の海」。これら代表的な文学作品はもちろんのこと、文学、書画、芸事など狭義の日本文化、果ては日常生活における季節感、恋愛観において、私たち日本人はすべて古今和歌集で紡がれた美意識の下に生きているといって過言ではありません。古今和歌集とは日本文化のバイブルなのです!
紀貫之は古今和歌集の「仮名序」にこう記しました。
「たとひ時移り 事去り 楽しび哀しびゆきかふとも この歌の文字あるをや(略)歌の様をも知り この心を得たらむ人は 大空の月を見るがごとくにいにしへを仰ぎて 今をこひざらめかも」
古今和歌集(仮名序)
大空の月を見上げる様に昔の日本への思いを寄せれば、古今和歌集が出来た時代を恋慕わないことなんてない…
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古今和歌集はなにも遠い過去の遺物ではありません。歌を愛するこころさえあれば、いつでも私たちを迎え入れてくれます。あたたかく。
ですからみなさん、ともに和歌を通じて日本美の深淵を探りに行こうではありませんか!
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(書き手:歌僧 内田圓学)
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