百人一首は「ジジイのための歌集」である

百人一首について、みなさんはどんなイメージを持たれているでしょうか?
“平安貴族の絢爛豪華な歌集”とか、
“華やかな花鳥風月に彩られた歌集”など。

確かにこの歌からは絢爛な平安絵巻、なんて想像が膨らみます。
百17「ちはやぶる神代もきかず龍田川 から紅に水くくるとは」(在原業平)

紅葉が龍田川を「から紅」という鮮烈な色に染める。
さらに「ちはやふる」というマジックワード(枕詞)と、詠み人の「在原業平」は稀代の色男なんてオマケがついて、華やかさ満開の歌です。

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しかし! 大半の歌はこうではありません。
むしろ色彩のない、シブ~い世界が百人一首なのです。

それが端的に分かるのが「植物」です。

和歌では通常、四季折々の色彩豊かな草木が詠まれます。
春の「梅」「桜」「山吹」に、夏の「藤」「花橘」。秋は七草(萩、藤袴、女郎花…)に紅葉。

まさに色とりどり、華やかな花鳥風月が登場するのですが、翻って百人一首。
もちろん「桜」も「紅葉」もあります。
が、最も多く詠まれている植物は… なんと「雑草」なのです!

39「浅茅生の小野の篠原忍ぶれど あまりてなどか人の恋しき」(参議等)
47「やへむぐらしげれる宿のさびしきに 人こそ見えね秋は来にけり」(恵慶法師)
51「かくとだにえやはいぶきのさしも草 さしも知らじなもゆる思ひを」(藤原実方朝臣)

「茅」「篠」「むぐら」「さしもぐさ」や「葦」「しのぶ」なんてのはいわゆる雑草の類です。
これらがなんと11首も詠まれ最多登場。ちなみに桜、紅葉はそれぞれ6首に止まります。

色がないのは何も「四季」の叙景に限りません、「恋」も同様です。

百40「忍ぶれど色に出にけりわが恋は 物や思ふと人の問ふまで」(平兼盛)
これは「色が出ちゃった」歌ですが、裏を返すと平安歌人は恋愛に「色を出してはいけない」ことが分かります。

「忍ぶ」とか「待つ」とか「思う」とか…
百人一首には恋歌が43首ありますが、このように「感情」を表に出さない、
つまり「色」を出さない歌がその半数以上を占めるのです。

百人一首が絢爛豪華、なんてのは大間違いであることが分かりますね。
言うなればこの百首、「わび」「さび」といったいわゆる「閑寂の美」がつまった歌集なのです。

20「わびぬれば今はたおなじ難波なる みをつくしても逢はむとぞ思ふ」(元良親王)
65「恨みわび干さぬ袖だにあるものを 恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ」(相模)
82「思ひわびさても命はあるものを 憂きに堪へぬは涙なりけり」(道因法師)

「わび」。和歌のそれは「恋の行き詰まりに苦悩する状態」です。
そんな沈鬱な状態に、「色」なんて表れるものではありませんね。
→関連記事「日本文化の最重要ワード わぶ(わび)を知る!

そして「さび」。
28「山里は冬ぞ寂しさまさりける 人目も草もかれぬと思へば」(源宗于朝臣)
47「八重むぐら茂れる宿の寂しきに 人こそ見えね秋は来にけり」(恵慶法師)
70「寂しさに宿を立ち出でてながむれば いづくも同じ秋の夕暮れ」(良暹法師)

人気のない山里、荒れた住まいで孤独に生きる、そんな寂寥の情景にふっと描かれる秋の色。
和歌の「さび」とは「対照の美」です。
貧しければ貧しいほど、日常の花が際立って美しくみえる…
そこに「色」、なんてのはかえって邪魔になるだけです。

「見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮れ」(藤原定家)
→関連記事「三夕の歌 ~秋の夕暮れベスト3~

千利休の秘伝書といわれる「南方録」には、この歌がわび茶の心であるという言葉(竹野紹鴎)が残されていますが、この歌の作者である藤原定家こそが、百人一首の撰者なのです。

定家が撰んだ百首の中には、「わび」とか「さび」といった明示的な言葉がなくとも「閑寂の美」が感じられる歌があります。

3「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜をひとりかも寝む」(柿本人麻呂)
5「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋は悲しき」(猿丸大夫)
34「誰をかも知る人にせむ高砂の 松も昔の友ならなくに」(藤原興風)
45「あはれともいふべき人は思ほえで 身のいたずらになりぬべきかな」(謙徳公)
56「あらざらむこの世のほかの思ひ出に いまひとたびの逢ふこともがな」(和泉式部)
66「もろともにあはれと思え山桜 花よりほかに知る人もなし」(前大僧正行尊)
68 「心にもあらで憂き世に長らへば 恋しかるべき夜半の月かな」(三条院)
83「世の中よ道こそなけれ思ひ入る 山の奥にも鹿ぞ鳴くなる」(皇太后宮大夫俊成)
84「長らへばまたこのごろやしのばれむ 憂しと見し世ぞ今は恋しき」(藤原清輔朝臣)
91「きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに 衣かたしきひとりかも寝む」(後京極摂政前太政大臣)
93「世の中は常にもがもな渚漕ぐ 海人の小舟の綱手かなしも 」(鎌倉右大臣)
100「百敷や古き軒端のしのぶにも なほ余りある昔なりけり」(順徳院)

これらは一例ですが、百首の大半は「色」のないシブ~い歌たちです。

百人一首は子供向けの遊び、なんて捉えられている感がありますが、とんでもない。
年を経てこそ趣が堪能できる、寂れた秀歌集なのです。

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(書き手:和歌DJうっちー)