/「明月記と天文史」(ゲストコラム:音雨)

「明月記と天文史」(ゲストコラム:音雨)


「紅旗西戎、吾が事に非ず」

皆様、星好きの音雨(ねう)です。
昔は天文同好会で一晩中流星の数を数えたりしていましたが、「夜更かし不可」、「寒いの嫌い」という弱点を克服できず、今はゆるりと星を眺めております。目下やりたいのは星空の写真を撮り、和歌を添えることです。

さて、星を観る者の中で、藤原定家卿はちょっとした有名人であります。
1180年から1235年(現在確認分)まで記された『明月記』は、当時の状況を記した一級資料であったことは皆様の知るところであります。
子孫たちが宮廷での儀式を滞りなく行えるよう、細やかに記録を残すことは当時の貴族としては普通でありました。
が、定家卿、物書き・歌詠みの性なのか客星(これまで星がなかったところに突然星が現れてキラキラ輝きだすこと。新星・超新星・彗星をひっくるめた用語です)の記録まで、調べてあげて細やかに日記に記しました。

調査依頼先は、安倍晴明の子孫・安倍泰俊。当時の陰陽寮・漏刻博士です。

明月記・寛喜2年冬記には、こうあります。
「客星の事、不審に依り泰俊朝臣に問う。返事此の如し」
後に泰俊から、「客星出現の例」との回答を受け、皇極天皇の時代から8件あることが判明しました。

以下、客星は超新星(星が寿命を迎え大爆発を起こしたため、突然現れた超明るい星。)とお読みかえください。
実は、望遠鏡が発明される前に確認された客星の記録は7件。
明月記には、何と
 1006年(おおかみ座の超新星)
 1054年(おうし座の超新星)
 1181年(カシオペア座の超新星)
の3件の記録が記されています。
世界唯一の記録です。

最も有名なのが、1054年の客星です
原文は、星好きでも読み辛いので訳してみますと、
後冷泉院・天喜2年(1054年)5月中旬以降の午前2時ころ、おうし座のゼータ星(星座の中で6番目に明るい星)のところに木星位の明るさの星が現れた。
と記されています。

古の世、客星、月蝕、日蝕等は「凶」の現れとして捉えられていました。
陰陽寮はこうした事態が発生すると、過去の記録を調べ上げ朝廷に報告することを仕事としていました。
定家卿も安倍家と親密な間柄にあったことからこうした記録を入手することができたようです。陰陽寮の資料は、戦乱の世に焼失してしまったことから、これらの客星の記録については、明月記が最古のものとなりました。

さて、そんな定家卿を世界に紹介したのは戦前のアマチュア天文家・射場保昭さん(1894-1957)。
射場さんは、東京天文台(現・国立天文台)の神田茂さんが古代の天文記録を調べ上げて刊行した『日本天文資料』から明月記の客星の記録を抜粋し、イギリスの天文誌『ポピュラー・アストロノミー』に投稿したのですが、その記事を見つけ、論文にしたのが世界的な天文学者でした。
オランダ出身のヤン・オールトさん。銀河系の形は渦巻型であることを発見したり、彗星の故郷(オールトの雲)を提唱したすごい人です。
そのころ、定家卿が記した客星は、星が誕生するもやもやのガス体に姿を変え、M1(メシエ1・かに星雲)と名付けられていましたが、ホールトさんは、かに星雲は客星の果ての姿と考えており、その根拠となる記録を探し求めているところでした。

1987年、第三回京都賞(地球科学・宇宙科学部門)受賞時、冷泉家を訪れ明月記を閲覧し、大変感激されていたとのことでした。お迎えした冷泉家の方々もびっくりの出来事だったと思います。

いろいろなことをご紹介しましたが、全ては明月記が伝えられたことが、全ての始まりです。
定家卿、後の世の異国の陰陽寮に感謝されるなんて、夢にも思わなかったでしょうね。

古の 騒ぎも知らず 過客の
赤子や眠る 銀の床に

いにしえの
さわぎもしらず
かっきゃくね
あかごやねむる
しろかねのとに

星雲は星が生まれるところ。
赤子たちの姿を見るのは…900年位先になりますかね。何せ遠いので(笑)

(書き手:音雨)


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