身を変へて一人帰れる山里に聞きしに似たる松風ぞ吹く(明石の尼君)

三代集の四季にはほとんど登場せず、千載、新古今集になって好んで詠まれるようになったものには大抵これが影響している、源氏物語だ。「夕顔」「葵」「蛍」そして今日の「松風」、これら古今集などではお目に掛かることがなかった景物が一たび源氏物語のタイトルに抜擢され種ぐさの物語が与えらえるや否や、後世の歌人たちはこぞって私の歌に取り入れた。「源氏見ざる歌詠みは遺恨ノ事也」、俊成の一喝は相当重みのある言葉であっただろう。
さて今日の一首、「第十八帖 松風」の所以となった歌である。詠み人は明石の尼君、秋風吹き込む山里(大堰、現在の桂川の一部)でかき鳴らす琴の音に明石の浦を思い出すという趣向だ。以後、松風といえば秋のうら寂しい海岸風景を想起させるとともに、虚しく一人「待つ」抒情を重ねるようになる。

(日めくりめく一首)

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