おぼつかないづれの山の峰よりか待たるる花の咲きはじむらむ  (西行)

『ああ、気になる、気になる…。愛しい桜よ、お前はどこの山から咲き始めるのか。近くに見えるこちらの山かもしれない、行ってみようか?? いや、行ったとたんに裏のあちらの山から咲くかもしれないぞ、、。去年はどうだったけかな? ...

いづかたに花咲きぬらむと思ふより四方の山辺に散る心かな(待賢門院堀河)

詠み人の堀河はその名のとおり、待賢門院璋子に仕えた女房歌人である。待賢門院と言えばいわくつきの人だ。養父は白河院、鳥羽院の中宮となり崇徳院そして後白河院の母。あの西行の出家にも関係しているとかいないとか…。さてもそのよう...

朝夕に花待つころは思ひ寝の夢のうちにぞ咲きはじめける(崇徳院)

崇徳院というと、まず「瀬をはやみ」※の歌が先に浮かぶであろう。これは式子内親王や源実朝にも言えることだが、現代では和歌=百人一首になっており、これに採られた歌が歌人の印象をほとんど決めてしまう。現代人に和歌に親しむきっか...

霜まよふ空にしをれし雁がねの帰るつばさに春雨ぞ降る(藤原定家)

いちいち説明を加えると野暮になるというのが新古今の名歌であるが、仕方なく解説をさせていただこう。歌は帰雁のワンシーンである。ここで雁はすでに故郷へ向け飛び立っている。空は凍てつき、さながら雲に霜が置いたように行く先は見え...

春くればたのむの雁もいまはとて帰る雲ぢに思ひ立つなり(源俊頼)

昨日の流れで今日は金葉集の選者、源俊頼の一首をご紹介しよう。『春になったので、たのも(田の面)の雁が今まさに帰らんと、雲の旅路に飛び立ってゆく』。雁は秋の鳥だが、春に詠まれる場合「帰雁」、つまり故郷である北国へ帰る姿が詠...

風吹けば柳の糸のかたよりになびくにつけて過ぐる春かな(白河院)

万葉集では、例えば梅やうぐいすなどと取り合わせるなど、多様な詠まれ方がされた柳だが、貫之がそれを糸に見立てて以降、柳は必ずそう詠まれるものとなった。今日の歌もその一つである。詠み人はなんと白河院。「賀茂河の水、双六の賽、...

青柳の糸よりかくる春しもぞみだれて花のほころびにける(紀貫之)

およそ勅撰和歌集では怒涛の梅の歌群が過ぎたあと、次の桜まで小休止が入る。そこでさらりと詠まれるひとつが、今日の「柳」だ。柳といえば雲竜柳や猫柳もあるが、和歌に詠まれるのは枝垂柳である。これを「糸」に見立て、「よる(撚る)...

春の苑くれないにほふ桃の花した照る道にいで立つ乙女(大伴家持)

「桃の花」。衝撃的な言葉である。特に私のような勅撰集を新古今、古今と下り、万葉へ至った者にはショックが大きい。歴代の勅撰集において、桃なんてものはまず詠まれない。漢詩人はこれに惜しみない愛情を寄せたが、本朝歌人はその対象...

ながめつる今日はむかしになりぬとも軒端の梅はわれを忘るな(式子内親王)

和歌(短歌)という詩形は三十一文字、かつ詠むべき題や言葉は自主規制を設けており、現代のそれが目指す自由とは真逆の不自由極まりない表現である。そこにいかなる価値があるか? という問いは別の議論として、こういうわけだから和歌...

梅の花あかぬ色香かもむかしにて同じかたみの春の夜の月(俊成卿女)

この歌には詩歌の醍醐味が溢れている。何かと言えば、解釈の余地が鑑賞者にほとんど委ねられているのだ。『梅の花のまだ満足もできない色と香り、それはもう昔となって、同じように思い出が残る春の夜の月』。なんだろう、正直なところよ...