夕立ちの風にわかれてゆく雲に遅れてのぼる山の端の月(藤原良経)

風雅集に採られた良経の写生歌、例によって適役は不要だ。夕日と月が交換する、眩い瞬間を切り取ったフォトジェニックな一首である。新古今であれば「風に分かれる雲」や「遅れておぼる月」といった前景化されたモチーフの裏に必ず別の思...

庭の面は月漏らぬまでなりにけり梢に夏の影しげりつつ(白河院)

白河院というと独断専行、非情な独裁者というイメージが強いかもしれないが、今日の歌など見ると印象もまた変わってこよう。『庭の表面は月の光が漏らないまでになった。木枝に夏の葉が繁りに繁って』。見どころは「梢に夏の影」、なんと...

軒白き月のひかりに山影の闇を慕いてゆく蛍かな(後鳥羽院宮内卿)

「白々とした月明かり」と「山影の深い闇」が競う、おぼろなる幻想の夜。蛍は闇を選び、その中を気ままに遊んでみせる。「マティス亡きあと、シャガールのみが色が何であるかを理解している最後の絵描きだった。」ピカソが残した有名な言...

あはれにもみさおに燃ゆる蛍かな声たてつべきこの世と思ふに(源俊頼)

「伝統」とは便利な言葉である、これを枕にすればあれよと「箔」がつく。ましてこれ(伝統)を墨守するのが使命! なんて言おうものなら、無条件で立派なことをしているように思われる。大間違いだ。今に残る伝統は決してねんごろに守ら...

鳴く声も聞こえぬ虫の思ひだに人の消つには消ゆるものかは(蛍兵部卿宮)

「咬ませ犬」という言葉があるが、今日の詠み人は日本文学史上それに相応しい初めての人だろう。源氏物語に登場する蛍兵部卿宮だ。源氏の異母兄弟で、絵合わせや薫物合わせの判者をも務める風流人として描かれるが、なかでも印象的なのが...

音もせでおもひに燃ゆる蛍こそなく虫よりもあはれなりけれ(源重之)

ラフマニノフの心地よさと言ったらいいだろうか。甘美で艶なる旋律は抒情をやすやすと揺さぶってみせる。源重之の歌はまさに正統的な詠みぶりで、つね外れることのない安心感がある。『音もせずに忍んで恋に燃える蛍は、鳴く虫よりも心に...

沢水に空なる星のうつるかと見ゆるは夜半の蛍なりけり(藤原良経)

詠み人に良経とあるが、その仮名序をも記した新古今時代の才器ではない。藤原行成の子である。後拾遺和歌集に採られた歌であるが、意外にも蛍という言葉が明確に四季に詠まれたのは、この集が初めてである。蛍は「火」と「思ひ」を掛け、...

埋れ木の花さく事もなかりしに身のなる果ぞ悲しかりける(源頼政)

花の文字が見えるが季語にならない、埋れ木となって果てる我が身を譬えた源頼政の辞世歌だ。頼政は平治の乱に平家方として加わり清盛政権において従三位に昇った。しかし源氏の魂は朽ちず以仁王を伴って挙兵、宇治川の戦いに敗れ、最後は...

窓ちかき竹の葉すさぶ風の音にいとど短きうたたねの夢(式子内親王)

『窓ちかくの竹の葉は風に遊ばれて、今何時だろう? うっすら夢を見たような、おぼつかない夏の夜』… 夏の夜の寝苦しさは昔も今も変わらぬとみえて、やはり全く違うようだ。 現代の都市部は冷めやらで、夜の最低気温が摂氏25度以上...