思ひやれ真柴のとぼそ押しあけて一人ながむる秋の夕暮れ(後鳥羽院)

さて、連日三夕の名歌をご紹介してきたが、今日もしつこく秋の夕暮れをご紹介したい、後鳥羽院だ。『想像してみろ! 真柴のとぼそを押し開けて、俺は一人で秋の夕暮れを眺めているのだぞ』。「とぼそ」とは「枢」と書く、まあ要するにボ...

見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ(藤原定家)

三夕のトリは定家の夕暮れである。おそらく三首のうちでもっとも知られているのがこれだ。言葉だけを追えば『何もない粗末な風景の方が情趣がある』といういわゆる「わび・さび」の表明であり、この「あるがままの美」がわび茶の方面で多...

さびしさはその色としもなかりけり真木立つ山の秋の夕暮れ(寂蓮)

『寂しさってのは、その色とは無縁であった。真木立つ山の秋の夕暮れよ』。言わずもがな、三夕(さんせき)の誉れ高い寂蓮の一首である。秋の夕日に照る山紅葉は深い情趣を誘う、しかし心の琴線に触れていたのは色ではなく「夕暮れ」その...

秋ちかう野はなりにけり白露のおける草葉も 色かはりゆく(紀友則)

一見すると単に「白露」の歌かと思うかもしれない。しかしそうではない、今日の歌にも秋の七草が詠まれている。わからない方にヒントを出すと、詠まれているのは「桔梗」だ。それでもわからない? 仕方あるまい、答えを披露しよう。初か...

なに人かきて脱ぎ掛けし藤袴くる秋ごとに野辺を匂はす(藤原敏行)

和歌に登場する景物はその類型化が徹底している。これまでご紹介した「女郎花」や「薄」などによっても、それが如実に分かったはずだ。「藤袴」の場合、名前と特徴がそれを決めている、つまり着物の「袴」とポプリにした強い「芳香」を詠...

逢ふことをいざ穂に出でなん篠薄しのび果つべき物ならなくに(藤原敦忠)

「月」はこれくらいしておいて、今日からは秋の七草をご紹介しよう。まずは「薄(すすき)」だ。ところで秋の月というと大抵セットで「薄」(おまけに団子)が登場してくるが、実のところ和歌で月と薄とが合わせて詠まれることはほとんど...

いかばかり嬉しからまし秋の夜の月澄む空に雲なかりせば(西行)

今日の歌がいかに素晴らしいか、昨日の慈円と比較すれば理解が早い。『どんなにか嬉しいだろう、秋の夜の月が澄んだ空に雲がなかったら』、適訳以上の真意はこの歌に全くない。ともかく秋の月の様を隈なく眺めていたいという慕情の一途た...