酒杯に梅の花うかべ思ふどち飲みてののちは散りぬともよし(大伴坂上郎女)

新古今集が好きな人は万葉集も好むが、万葉集が好きな人はたいてい新古今を相手にしない。私の思い込みかもしれないが。さて、ひとえに和歌と言っても、当然ながらさまざまな歌風・表現がある。『花見だ花見、酒もってこんか~い! 死ぬ...

梅が香に昔をとへば春の月こたへぬ影ぞ袖にうつれる(藤原家隆)

日本人として、鎌倉時代初期に「新古今和歌集」という言葉の芸術作品群が生まれたことに驚愕する。それにひきかえ、現代の言葉のなんと貧しいことだろう。しかし一方で、いやそれゆえ新古今はとっつきにくく難しいとされる。私としては、...

梅の花にほひをうつす袖の上に軒もる月の影ぞあらそふ(藤原定家)

これまでの梅歌をつうじて、詠み方の傾向というものが掴めただろう。匂いの風雅さらに雪や鶯との取り合わせ、実のところ梅に限らず和歌では、ひとつのモチーフに対してそれがもっとも美しく映える場面が規定されているのだ。ちなみに桜の...

春ごとに心をしむる花の枝にたがなほざりの袖かふれつる(大弐三位)

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という言葉があるが、これはなにも袈裟(=モノ)に収まらない。憎ったらしいその人を連想するのなら、「匂い」だって苦々しい存在となるだろう。それが優雅な梅の香りであっても。 今日の歌は、昨日の定頼...

見ぬひとによそへてみつる梅の花散りなむのちのなぐさめぞなき(藤原定頼)

親父がすごければ、二世もすごい! といかないのが世の習いだ。かの大納言公任は偉大な古典を遺したが、その長子定頼が伝えたものといえばチャラ男のお戯れエピソードくらい。周知は百人一首の六十番「大江山※」だろう、小式部内侍にピ...

わが宿の梅の盛りにくる人は驚くばかり袖ぞ匂ほへる(藤原公任)

今日の詠みびと藤原公任、彼は平安時代中期を代表する文化人である。拾遺和歌集の元となった「拾遺抄」、後に三十六歌仙として知られる「三十六人撰」を編纂。後世の日本文化に多大な影響を与えた、和歌と漢詩(適句)のコラボ撰集「和漢...

春の夜のやみはあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるる(凡河内躬恒)

日本の春を飾る花、「梅」と「桜」。和歌において、このふたつの詠み方は似ているようでまったく違う。その端的な表れが「香り」だ、梅はこれをひとしきり詠むが、桜はほとんどそうしない。なかでも今日の歌は香りの印象がバツグンだ。『...

ひとり寝る草の枕のうつり香は垣根の梅のにほひなりけり(西行)

「枕に残る、梅の移り香」。ここだけを切り取ると妖艶な後朝(きぬぎぬ)の歌ように思える。しかし事実は、相手を欠いたわびしいひとり寝。梅の香りは、主も知らぬ垣根の花の匂いが移った故であった。詠み人は西行、言わずと知れた流浪の...

人はいさ心もしらずふるさとは花ぞむかしの香ににほひける(紀貫之)

『あなたの心は分からないけれど、花は昔と同じに香っている』。百人一首にも採られた、和歌ファンであれば誰もが知る歌である。和歌でたんに「花」とすれば通例で「桜」を指すが、ここでは香りが詠まれているので「梅」となる。初句に置...

梅がえに心もゆきて重なるを知らで人のとへといふらん(源俊頼)

俊頼は白梅の「折り枝」を受け取った、ウブな誘い文句をいじらしく思う。『梅の枝に重なる「雪」のように、私のこころはあなたのもとは「行(ゆ)き」、いくえにも重なっていることを知らないのですか?』。男は自分の愛情の方がまさって...

咲きそむる梅のたちえにふる雪のかさなる数をとへとこそおもへ(藤原俊忠)

今日の詠み人、藤原俊忠の名を知る人はそう多くないだろう。彼の子は千載集の選者となり、孫は新古今と新勅撰二代の勅撰集の編纂を賜った。そう、藤原俊成の父であり定家の祖父であったのがだれあろう、この俊忠なのだ。『咲き初めた梅に...

かすみのころも裾はぬれけり佐保姫の 春立ちながらしとをして(山崎宗鑑)

有心に対して無心連歌というものがある、別名それを「俳諧連歌」。俳句のもとになったものだが、俳諧連歌から受ける印象は私たちが知る俳句とは少々異なる。それは滑稽、バカバカしさに徹底している。今日の歌をご覧いただきたい。「佐保...

雪ながら山もとかすむゆふべかな ゆく水とほく梅にほふ里(宗祇、肖柏)

後鳥羽院は水無瀬に離宮を設け、詩歌管弦にふけった。藤原良経、定家なども参加した「水無瀬恋十五首歌合」などは有名である。院は亡き後その地に祀られ、離宮は水無瀬神宮と変わり今に面影を伝えている。さて今日の歌は1488年、院の...

見わたせば山もとかすむ水無瀬川ゆふべは秋となに思ひけむ(後鳥羽院)

「秋は夕暮れ。夕日の差して山の端いと近うなりたるに…」とはだれもが暗唱させられた枕草子第一段の一文であるが、新古今でも「三夕の歌」が賞美されるように、『夕暮れといえば秋!』というのが当時の詩情的には常識化していた。このよ...