人はいさ心もしらずふるさとは花ぞむかしの香ににほひける(紀貫之)

『あなたの心は分からないけれど、花は昔と同じに香っている』。百人一首にも採られた、和歌ファンであれば誰もが知る歌である。和歌でたんに「花」とすれば通例で「桜」を指すが、ここでは香りが詠まれているので「梅」となる。初句に置...

梅がえに心もゆきて重なるを知らで人のとへといふらん(源俊頼)

俊頼は白梅の「折り枝」を受け取った、ウブな誘い文句をいじらしく思う。『梅の枝に重なる「雪」のように、私のこころはあなたのもとは「行(ゆ)き」、いくえにも重なっていることを知らないのですか?』。男は自分の愛情の方がまさって...

咲きそむる梅のたちえにふる雪のかさなる数をとへとこそおもへ(藤原俊忠)

今日の詠み人、藤原俊忠の名を知る人はそう多くないだろう。彼の子は千載集の選者となり、孫は新古今と新勅撰二代の勅撰集の編纂を賜った。そう、藤原俊成の父であり定家の祖父であったのがだれあろう、この俊忠なのだ。『咲き初めた梅に...

かすみのころも裾はぬれけり佐保姫の 春立ちながらしとをして(山崎宗鑑)

有心に対して無心連歌というものがある、別名それを「俳諧連歌」。俳句のもとになったものだが、俳諧連歌から受ける印象は私たちが知る俳句とは少々異なる。それは滑稽、バカバカしさに徹底している。今日の歌をご覧いただきたい。「佐保...

雪ながら山もとかすむゆふべかな ゆく水とほく梅にほふ里(宗祇、肖柏)

後鳥羽院は水無瀬に離宮を設け、詩歌管弦にふけった。藤原良経、定家なども参加した「水無瀬恋十五首歌合」などは有名である。院は亡き後その地に祀られ、離宮は水無瀬神宮と変わり今に面影を伝えている。さて今日の歌は1488年、院の...

見わたせば山もとかすむ水無瀬川ゆふべは秋となに思ひけむ(後鳥羽院)

「秋は夕暮れ。夕日の差して山の端いと近うなりたるに…」とはだれもが暗唱させられた枕草子第一段の一文であるが、新古今でも「三夕の歌」が賞美されるように、『夕暮れといえば秋!』というのが当時の詩情的には常識化していた。このよ...

春の夜の夢の浮橋とだえして峰にわかるるよこぐもの空(藤原定家)

さて、昨日の式子内親王に続き定家の「霞」である。といっても、この歌には霞の文字は見えない。しかし、これが採られた新古今集では霞の歌群に配されており、たしかに受ける印象は霞のように朦朧としている。春の夜、そのはかない夢は途...

あと絶えていくへもかすめふかくわが世をうぢやまの奥のふもとに(式子内親王)

強烈な歌である。春の「霞(かすみ)」はその奥に隠れる花を見たいから、といった理由で、そうそうに薄くなるのを期待するのが和歌の常套であるが、この歌では「幾重(いくへ)もかすめ」、つまりもっと濃くなってほしいと命じている。し...

うすくこき野辺のみどりのわか草にあとまでみゆる雪のむら消え(後鳥羽院宮内卿)

春の雪解けのみずみずしさ、はつらつとして気持ちのいい空気感。ねちっこいのが大半の和歌において、このように清々しい歌は珍しい。なぜか? それはこの歌が純粋な写生歌だからだ。半面、作者の抒情はいっさい入っていないということに...

うぐひすの谷よりいづるこゑなくは春くることをたれかしらまし(大江千里)

レノンといえばマッカートニーであるが、梅といえば「うぐいす」なのである。この抜群の取り合わせははやくも万葉集にみえる。このような景物の定型化は漢詩に由来することが多い。漢詩でも梅にうぐいすは常套であり、とくに杜牧の七言絶...

→「令和の歌合せ(皐月の会)」5/26(日)10:00~12:00