【百人一首の物語】八十番「長からむ心もしらず黒髪の乱れて今朝はものをこそ思へ」(待賢門院堀河)

八十番「長からむ心もしらず黒髪の乱れて今朝はものをこそ思へ」(待賢門院堀河)

作者の待賢門院堀河はその名が表すとおり、鳥羽天皇の中宮である待賢門院璋子に出仕した女房です。院政期の代表的な女流歌人で「久安百首」の作者にも名を列ね、あの西行とも親交※がありました。第51作のNHK大河ドラマ「平清盛」で女優のりょうさんが堀川局を演じて以来、あのクールなイメージが待賢門院堀河に重なっている方も少なくないでしょう。

歌は百人一首中、もっとも官能的な恋の歌です。
「末長く決して変わらないとおっしゃるあなたの心も信じがたく、ともに一夜を過ごした今朝の黒髪が乱れているように、私はもの思いに心が乱れています」

この妖艶の正体は「黒髪」です。じつのところ和歌において、肉体を詠みこんだ歌というのはほとんどありません。そこで黒髪とは、まさに女性の象徴です。現在では顔の端正が美醜を大きく左右しているようですが、当時は髪の美しさこそが女性の美しさの決め手でありました。かの光源氏も、「普賢菩薩の乗物(=象)」のような異様な長い鼻をもつ古典史上空前の醜女たる「末摘花」を、「髪のかかりはしも、うつくしげにめでたしと思ひきこゆる人びとにも、をさをさ劣るまじう(髪は抜群に美しい)」と言って通うのです。長くつやのある黒髪、これこそが女性そのものだったのです。

歌にはその黒髪の「乱れ」が詠まれている、ようするに一夜の逢瀬の余韻を強烈に言い表しているのです。奥ゆかしき平安男子にはちょっと刺激的だったかもしれませんね。

しかしこの歌で、「待賢門院堀河さんて大胆…」と感心するのはちょっと間違っています。「久安百首」での題詠歌ですし、そもそも「黒髪」の歌にはツールがあるのです。それは元祖恋多き女、「和泉式部」の黒髪です。

「黒髪の乱れもしらずうちふせばまづかきやりし人ぞ恋しき」(和泉式部)

「後拾遺集」に題知らずで採られた歌ですが、和泉式部こそがこの肉感を残す歌を事実上解禁させた張本人でした。和歌史的におけるけっこうな挑戦だったと思うのですが、これが支持を得て多くの派生歌をうみます。これはいわば“黒髪の系譜”というようなもので、定家そして明治の与謝野晶子まで連綿と受け継がれていきました。

「かきやりしその黒髪のすぢごとにうち臥すほどは面影ぞたつ」(藤原定家)
「くろ髪の千すぢの髪のみだれ髪おもひ乱れかつおもひ乱るる」(与謝野晶子

この系譜の前では堀河のエロスも控えめな印象となりますが、裏を返せば和泉式部ならびに与謝野晶子が情熱的すぎるということでしょう。


待賢門院かくれさせおはしましける御あとに 人々またの年の御はてまで候はれけるに、みなみおもての花散りけるころ堀河の局のもとへ申しおくりける
「尋ぬとも風のつてにもきかじかし花と散りにし君が行方を」(西行)
かへし
「 吹く風の行方しらするものならば花とちるにも遅れざらまし」(堀河局)

(書き手:歌僧 内田圓学)

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