【百人一首の物語】五十五番「滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなを聞こえけれ」(大納言公任)

五十五番「滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなを聞こえけれ」(大納言公任)

とっくの昔になくなった滝とその水音、でもその名声は流れ伝わって今も聞こえてくることだ。千載集の詞書でこの滝が「嵯峨大覚寺」の旧跡であったことがわかります。大覚寺は嵯峨天皇の離宮で十四番の河原院に負けず劣らずの大庭園、中には滝とその鑑賞のための滝殿があったといいます。それがおよそ二百年後、公任の時代にはすっかり見る影などなくなったけれど、その伝説だけは伝わっていた。「滝」の縁語である「流れ」を用い、「な音」を共鳴させた秀逸な一首、さすが公任といった手本のような歌です。
ちなみにこの「滝」は没落した「中関白(道隆)家」の揶揄であるとの説があります。私としてはなんでもかんでも裏読みに走ると、結局は歌がつまらなくなると思います。

公任の時代、すでに梨壺の五人はなく、一方で宮廷では才気ある女房らが名をあげつつありました。実際、百人一首でも公任の後は女房歌人が連続して採られていますよね。そんななか公任はひとり気を吐き、「拾遺抄」に「三十六人撰」、「和漢朗詠集」などを撰集、また「北山抄」に有職故実をまとめるなどまさに八面六臂の活躍、後世に残る大仕事をなし遂げました。漢詩、和歌、管弦なんでもござれ、という「三舟の才」のドヤ顔エピソードもうなずけますね。

(書き手:和歌DJうっちー)

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