梅の花くれなゐにほふ夕暮れに柳なびきて春雨ぞふる(京極為兼)

濃厚な新古今の味わいは、当の定家でさえも長続きしなかった。和歌はまた、つまらぬ常套に帰ってゆく。しかし、希望の光は思わぬ方から差してきた。定家のひ孫為兼による京極派である。定家その子為家亡きあと、御子左家は二条、京極、冷...

大空は梅の匂いにかすみつつ曇りもはてぬ春の夜の月(藤原定家)

定家といえば夜、ことに春のそれがいい。昨日ご紹介した千里の「朧月夜」、この響きだけで艶なる情景を思い描けるのは日本人の幸福だ。これに定家の才知の筆が加わるとこうなる。『あたりの空一面が梅の匂いに霞んでいる。曇りきらない春...

照りもせず曇りもはてぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき(大江千里)

新古今がなかったら、日本の四季はもっと単調だったかもしれない。後鳥羽院は秋ではなく春の夕べを発見し、定家は同じくおぼろ月に情趣を得た。 『はっきりしない春のおぼろ月夜は最高だ!』、白楽天の「不明不暗朧朧月」をほぼ直訳した...

酒杯に梅の花うかべ思ふどち飲みてののちは散りぬともよし(大伴坂上郎女)

新古今集が好きな人は万葉集も好むが、万葉集が好きな人はたいてい新古今を相手にしない。私の思い込みかもしれないが。さて、ひとえに和歌と言っても、当然ながらさまざまな歌風・表現がある。『花見だ花見、酒もってこんか~い! 死ぬ...

梅が香に昔をとへば春の月こたへぬ影ぞ袖にうつれる(藤原家隆)

日本人として、鎌倉時代初期に「新古今和歌集」という言葉の芸術作品群が生まれたことに驚愕する。それにひきかえ、現代の言葉のなんと貧しいことだろう。しかし一方で、いやそれゆえ新古今はとっつきにくく難しいとされる。私としては、...

【和歌マニア(第77回)】百人一首に採られなかったすごい歌人! 男性編(山上憶良、花山天皇、源頼政)

みんなが知ってる百人一首、歴々の素晴らしい歌人が採られていますね。でも知っておきたい偉大な歌人は他にもまだまだいるのです。今回はその男性編として、山上憶良、花山天皇、源頼政をご紹介しましょう。

梅の花にほひをうつす袖の上に軒もる月の影ぞあらそふ(藤原定家)

これまでの梅歌をつうじて、「花」から「匂い」そして「袖」との関係がご理解いただけたと思う。和歌ではひとつのモチーフに対し、それがもっとも美しく映える場面が規定されているのだ。梅は先の件であり、桜の場合は散り様がそれとなる...

春ごとに心をしむる花の枝にたがなほざりの袖かふれつる(大弐三位)

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という言葉があるが、これはなにも袈裟(=モノ)に収まらない。憎ったらしいその人を連想するのなら、「匂い」だって苦々しい存在となるだろう。それが優雅な梅の香りであっても。 今日の歌は、昨日の定頼...

→「わくわく和歌ワークショップ(葉月の会)」8/25(日)9:50~11:50