菊(聴く)ほどに味が出るスルメ歌


突然ですが「スルメ歌(曲)」をご存知でしょうか? 聴けば聴くほど味わい深くなる楽曲という意味です。
和歌にもそんな歌があります。聴くならぬ「菊」の歌です。

基本的に和歌で歌われる花、例えば春の「桜」や秋の「萩」などは移ろい、つまり「色あせる」ことを悲しみ惜しむ気持ちを詠むことが常套です。
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しかし菊は違うのです。
278「色かはる 秋の菊をば ひととせに 再びにほふ 花とこそ見れ」(よみ人しらず)
279「秋をおきて 時こそ有りけれ 菊の花 移ろふからに 色のまされば」(平貞文)

色あせればあせるほど、美しさが深くなる…
こんな詠み方をする花はめったにありません。

ちなみに和歌で歌われる菊のほとんどは「白菊」です。
272「秋風の 吹きあげに立てる 白菊は 花かあらぬか 浪のよするか」(菅原道真)
277「心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花」(凡河内躬恒)

白菊は寒さにあたると徐々に紫がかってきます。平安歌人たちはこの変化に感じ入り、「ひととせ(一年)に再びにほふ」と称えたのです。美しい捉え方ですね~。

ちなみに菊には訓読みがありません。つまりかつて日本には存在せず、中国から初めて伝わった花だということです。その中国で菊は「四君子」の一つに数えられ、「気高く高潔な花」として捉えられてきました。
※ちなみに他の三つは「梅」、「竹」、「蘭」です

これが日本に伝わるとあせた状態ようは「古く衰えた姿」を愛でるようになるのですから、お国による美意識の違いは面白いものです。

ところで、現代の私たちからすると菊はいまいちパッとしない存在ではありませんか? たぶん「お供えの花」というイメージが強いからだと思います。花と一緒に「菊は不老長寿の霊草である!」なんて故事も合わせて伝わったものですから、仏花に相応しいと考えられたのでしょうね。

和歌にはこんな歌もあります。
270「露ながら 折りて飾さむ 菊の花 老いせぬ秋の ひさしかるへく」(紀友則)
276「秋の菊 にほふかぎりは 飾してむ 花よりさきと しらぬわが身を」(紀貫之)

菊の花を頭に飾し不老不死にあやかろうという歌です。縁起は良さそうですが、先の白菊の歌に比べるとやはり華やかさに欠けます。ただ私たちが思い描く菊は、この「華」のない菊の方が一般的かもしれません。

でも菊、桜と並び称される国花(国の象徴とされる花)の一つなのですよ。知ってました?
後鳥羽院が自らの「印」として菊を愛用して以降、皇室の紋は「十六八重表菊」。いつもの五十円玉にもパスポートにもその姿が見える!

にもかかわらず、なんとも地味な存在…
菊の本当の美しさを知らないなんて、もったいないとしかいいようがありません!

もうすぐ重陽の節句(旧暦九月九日)です。
今年はぜひ、菊の花を「傍に立てて」移ろいの美を堪能してください。
菊(聴く)だけにそばだてて、、、(おあとがよろしいようで)

(書き手:歌僧 内田圓学)

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