色彩感覚に乏しい平安歌人? 好きな色は「白」一択! の謎。


突然ですが質問です。
あなたが好きな色は何色ですか?

学研教育総合研究所が行った「小学生白書Web版(2011年12月調査)」によると、
男子は「青色」、女子は「水色」が“好きな色”の回答に最も選ばれていました。
男女ともに青系の色が好まれていることは興味深いですね。
→「学研教育総合研究所 小学生白書Web版

ところでこの質問、平安歌人にしてみたらどうなると思います?
高貴の代名詞ともいえる「紫色」、または錦織を象徴する「紅色」などが上位に選ばれる!
なんて答えるのは軽率です。

平安歌人が大好きな色、
それは…

ダントツで「白」!
なのです。

6「春たてば 花とや見らむ 白雪の かかれる枝に うぐひすぞ鳴く」(素性法師)
59「桜花 さきにけらしな あしひきの 山のかひより 見ゆる白雲」(紀貫之)
301「白浪に 秋の木の葉の 浮かべるを 天の流せる 舟かとそ見る」(藤原興風)
223「折りて見ば 落ちぞしぬべき 秋萩の 枝もたわわに おける白露」(よみ人しらず)

「白雪」、「白雲」、「白浪」、「白露」…
古今和歌集ではこのように、白であることに着目した歌で溢れています。

そして思い出してもみてください。
日本美の特質を最もよく表わしている言葉に「雪月花」なんてのがありますが、
雪も月も花も、すべて「白」であることが賞美されているのです。

332「あさぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪」(坂上是則)
75「桜散る 花の所は 春ながら 雪ぞ降りつつ 消えがてにする」(承均法師)

これらの歌では雪月花の白い様が相互に愛でられています。
ちなみに月を「黄色」、桜を「薄ピンク色」に形容したりしますが、これはまったく現代的な感覚です。

平安歌人たちの「白好き」は圧倒的であったのです。

一方で白以外の色が詠まれた歌はというと?
なんと、古今和歌集ではほとんど見つけることができません。

24「常盤なる 松の緑も 春くれば 今ひとしほの 色まさりけり」(源宗于)
25「我がせこが 衣はるさめ 降るごとに 野辺の緑ぞ 色まさりける」(紀貫之)
26「青柳の 糸よりかくる 春しもぞ 乱れて花の ほころびにける」(紀貫之)
早春の松や野辺を彩る、爽やかな「青」と「緑」。

293「もみち葉の 流れてとまる みなとには 紅深き 浪や立つらむ」(素性法師)
294「ちはやふる 神世もきかず 竜田川 から紅に 水くくるとは」(在原業平)
錦に例えられる艶やかな「紅」。

これらの名が辛うじて見えるのみです。
もしかして平安歌人、私たちの想像に反して色彩感覚に乏しかったのでしょうか?

でも古今集の四季歌には豊かな色彩を感じ取ることができます。
自然の移ろいに情趣を感じ、重ね色目なんて微妙な配色までも楽しんだ平安歌人。
にもかかわらず「白色」以外は意に介さなかったのか?

実は彼ら、色ではない方法で歌に彩りを重ねていたのです。

120「我が宿に 咲ける藤波 たちかへり 過ぎがてにのみ 人の見るらむ」(凡河内躬恒)
121「今もかも 咲き匂ふらむ 橘の 小島の先の 山吹の花」(よみ人しらず)
220「秋萩の 下葉色づく 今よりや ひとりある人の いねかてにする」(よみ人しらず)
238「花にあかで なに帰るらむ 女郎花 おほかる野辺に 寝なましものを」(平貞文)
290「吹く風の 色のちくさに 見えつるは 秋の木の葉の 散ればなりけり」(よみ人しらず)

「藤」、「山吹」、「萩」、「女郎花」そして「紅葉」。
このように平安歌人は「色名」ではなく、とりどりの「草花」を詠むことで豊かな色彩を描いていたのです。

ようは彼ら、私たちが考える「color(色知覚)」だけでなく、
色を草木(モノ)そのもの、つまり「all nature(森羅万象)」という概念で捉えていたのです。
大乗仏教の経典「般若心経」にある色即是空の「色」ですね。

ですから、色から「色の属性」だけを取り出してを分類するようなことはせず、
草花(モノ)の数だけ色があるような事態を生んだ。
「藍色」、「紫色」、「茶色」、「柿色」、「朽葉色」…
このように伝統的な色名で、草花の名称と対になっている例は枚挙にいとまがありません。

色とは森羅万象である。
では冒頭でご紹介した白雪や白雲の「白」、色知覚(white)でないとしたらなんなのか?

それは「光そのもの」なのです。
316「大空の 月の光し 清ければ 影見し水ぞ まづこほりける」(よみ人しらず)

白々とした清らな月光…
「清し」とは清浄を形容する言葉ですが、これが名詞の「清ら」になると美の最上級を表わす言葉になります。
つまり光とは美の極致であり、それが具象化されたモノを「白」といったのです。
平安歌人がなにより雪月花を賞美したのは、これらを「白の象徴」として捉えていたからですね。

そうするとさしずめこの歌、かなりヤバイ歌かもしれません。
277「心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花」(凡河内躬恒)
白菊に初霜が降りて、一面真っ白のすんごい世界!! あぁ~、どうしていいかわかんなぁ~い♡

(書き手:歌僧 内田圓学)

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