秋の虫 ~悲哀を歌うソプラニスタ~


189「いつはとは 時はわかねど 秋の夜ぞ 物思ふ事の 限りなりける」(よみ人しらず)
いつからかは分からないが、秋の夜は思いわずらいの極みなのだ!

何かにつけて物思いに耽る平安歌人ですが、なかでも秋の夜は特別なようです。

そうさせるのは彼らのしわざかもしれませんね、秋の虫です。
「松虫」、「鈴虫」、「こおろぎ」。童謡「虫のこえ」でもおなじみの虫たち。
松虫が「チンチロ チンチロ チンチロリン」ときたら、鈴虫も「リンリン リンリン リーンリン」。

秋の夜長に響くソプラニスタのメロディに、訳もなく物思いしてしまうのは私たちも同じです。

ここでワンポイント豆知識。
和歌で詠まれる「きりぎりす」は、現在の「こおろぎ」を指します。

196「きりぎりす いたくななきそ 秋の夜の 長き思ひは 我ぞまされる」(藤原忠房)
こおろぎよひどく鳴くな、秋の夜の長い思いわずらい私が勝っているのだ!

ちなみに昔は鈴虫を「松虫」、松虫を「鈴虫」と呼んでいた、なんて話もあるのですが、まあ正直そんな細かいことはどうでもいいんです。
平安歌人にとっては「泣けるか泣けないか、それが問題だ!」なのですから。

197「秋の夜の 明くるも知らず なく虫は 我がこと物や 悲しかるらむ」(藤原敏行)
202「秋の野に 人まつ虫の 声すなり 我かとゆきて いざ問ふらはむ」(よみ人しらず)
203「紅葉ばの 散りてつもれる 我が宿に 誰をまつ虫 ここらなくらむ」(よみ人しらず)

「まつ虫」という名も相まって、つまり「待つ」を掛けることで、愛しい人を恋慕する情景がおのずと出来上がります。
さらにはあの小さな虫を「我がこと」と捉え、自分の姿を投影するのです。
秋という一つの季節に、恋を求めて命の限り泣き続ける姿を。

和歌という、届かぬ恋の物語になくてはならない存在、それが秋の虫です。

(書き手:歌僧 内田圓学)

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