既視源氏物語 ~古今集恋歌の光る君~(総集編)

歴々の勅撰和歌集に横たわる美学、それが時間的推移による配列です。勅撰集の二大テーマのひとつ四季歌はもちろん、一方の恋歌も時間的推移つまり「恋のプロセス」によって歌は整然と並べられているのです。

ちなみに古今和歌集の恋部(一~五)には歌が三百六十首採られていますが、これらを大別すると「不会恋(あはざるこひ)・忍恋」、「会恋(あふこひ)」、「会不会恋(あひてあはざるこひ)」になります。

不会恋:相手を見初めるも伝えられぬ恋心、悶々と思い悩む夜は続く。
会恋:ようやく逢瀬を遂げた男女、しかし恋の歓喜は刹那、
不会恋:禁断の逢瀬の代償は高く後悔の涙に暮れゆく無残な人生。

いかがでしょう、一編の小説たとえば「源氏物語」などを彷彿させる構成だとは思いませんか? 今回は恋歌の時間的推移を実感いただくために、古今集の恋歌をショートストーリーに仕立ててみました。

勅撰集の恋歌、それはすれ違い続ける男女の残酷な物語! 宮廷に花咲く雅な恋物語、なんてちゃちなもんではありません。このショートストーリーを読めば平安歌人のシリアスな恋愛観、勅撰集の美学たる時間的推移なにより恋歌の全貌がわかります。

ということでさっそく覗いてみましょう。5分で読める総集編です!
恋歌物語の主役が現代女子だったら!? 「妄想女子の恋歌日記」

■既視源氏物語 ~古今集恋歌の光る君~

その1「狂った恋、そのはじまり
ほととぎす鳴き、あやめ生ふる五月。
穏やかな風の中に佇む一人の男。

その胸の中は、理性の効かぬ思いで乱れていた。
ある女への思い。それはまことに純粋な慕情であった。

「これが恋なのか?」
そう思うのに時間は掛からなかった。
初めての恋なのに。

その2「見知らぬ女」

恋とはこういうものなのだな。
不思議にこれほど愛おしく思う女に、私は逢ったことがない。

噂に聞くばかりだが、この思いは菊に置く白露のように、
夜は起きて眠ることができず、昼は苦しくて消えてしまいそうだ。

風のように、目に見ることが出来ない人であるが恋しくてたまらない。

どこに吹いて行くのだろう、この恋の風は。

その3「女の横顔」

私は花見に出かけた。
山には霞が立ち、せっかくの桜を見せまいと隠している。
まあいい。私の目的はこちらの花ではない。

霞の向こうにぼんやりと女たちの姿が見える。
あれは私を手引きした女房か。
だとすると、、、あれが私が思う女?

立ち込める霞の中に、その横顔を垣間見た気がした。

「美しい」

はっと溜息がもれた。

それは満開の桜花を忘れてしまうほどであった。

その4「募る恋心」

女の姿が強烈に焼き付いて離れない。

霞を隔て、おぼろげに見えただであったのに。
恋が心を惑わせているのだろうか?

癪な話だが

白露が葉に置くように起きては嘆き
寝ては恋しさが募る。

その5「末摘花の色」

あの花見から、ひと月はたっただろか。
のぼせ上がっていたが、この状況を少しは客観的に眺められるようになった。

あの女は本気になってはいけない女だ。
それもそうだろう、彼の人の婚約者なのだから。

しかし世の中には、頭で理解してもどうしようもないことがある。
他の男の婚約者だからとて、恋してはならない道理があるか?
欲しいものは欲しい、これは私の真っ直ぐに純粋な欲求だ。

こうしてまた堂々巡りが始まる。
してはならない恋。秘して思うしかないのだろうか。

しかしこのままでは、そうあの末摘花の美しい紅の色のように、遅かれ早かれ思いは表に出てしまうことだろう。
恋に落ちた男はただ無力だ。

その6「たゆたう舟」

物思いの日は続く。
相手構わず恋をしていた頃が嘘のようだ。
打ち明けられない恋とは、かくも辛いものだとは知らなかった。

海へ行こう。

あの大海に包まれれば、少しは気が休まるかもしれない。
さしずめ私は頼りなく漂う一艘の船。ゆらゆらと行方も分からずただ彷徨うだけ。
そんな私を、どうか咎めないでほしい。
この恋を自由に往来できる梶さえあれば、正気に戻るのだから。

その7「夢で逢えたら」

目を閉じると、何ともなしにあの人の姿が現れてくる。
考えない様にすればするほど、それは更に強くなる。

これは拷問だ

せめて夢で逢瀬を果たそう。

恋しい人に枕を向けたら夢で逢えるという
そんな戯言さえも今は頼ってしまいそうだ

この枕はどこに向けたらいい?

こうしてまた、眠れぬ夜は虚しく更けてゆく。

その8「儚さの極致」

あの女を思い始め何日立つだろう。

10日、20日、30日、、、ゆうに100日は経っただろか?
数を書いてみよう。
紙ではなく水面に。

ふっ、そんないたづら事をしてどうしようというのだ。
描いた刹那、虚しく消えてしまうというのに。

それにもまして儚いのは、思ってくれない女をこうして思い続けることよ。

その9「涙の河」

この涙はなぜ流れるのか?

あのひとに逢えない悲しみ、叶わぬ恋への絶望、それとも己の無力さに嘆いてか?

例えでもなんでもなく、涙が河のように流れ留まらない。

夢さえも確かに見えない有様だ。

この涙の河に浮かんでも、恋の心は燃え続けている。

その10「深淵の思い」

あのひとは彼の男の婚約者。

抱いてはならぬ、恋心。

とても人に明かせるものではなく、思い偲ぶより他はない。

ただ、どうかあのひとよ知ってほしい。
鳥達の声が聞こえぬあの奥山のように、この深い深いあなたへの思いを。

知ってほしい。
それだけがせめてもの慰め。

その11「恋の季節は巡りゆく」

あの人を垣間見た春から、季節はもう秋になった。

恋の物思いに耽っていると、四季の巡りが早く感じられる。

相変わらず夕方ともなると、涙で袖は濡れに濡れる。秋露が付いたのだろうか?

来年の春には氷が残りなく溶ける様に、
あの人の心よ、どうか私に溶けてくれ。

その12「夢に祈る」

あの人に会えた。

それは夢のなかだったけれど、この手には温もりが残っている。

思いつつ寝れば、また会えるのだろか?

もしそうなら、永遠に夢から覚めなくてもいい。

その13「愛しさ繁る」

愛しく思えど

あの人に伝わることはない。

いったいこの恋に価値はあるのだろか?
ただ虚しく辛いだけではないか?

それでも、恋の心は募りゆく

あの山深い草の繁みよりも

あの蛍の光よりも

その14「恋に死ぬ」

あなたに逢えないのなら、もはや生きている意味もない

いっそのこと「死んでしまおうか」幾度もそう思った

しかし私の心は、未練がましくもあなたを求める

安っぽい決心はいとも簡単に崩れ、無様に生き恥をさらす

ああ

あなたに一目でも逢うことができたら、生きる希望となるだろうに

その15「孤独」

秋風が身にしみる

悶々とする気持ちはまるで、秋の野に乱れ咲く花々のようだ

しかし、こやつらはまだいい

すぐ傍に悲しみを分かちあえる友がいるのだから

私は孤独だ

慰め声を掛けてくれる友などいない

その16「純心」

峰に引き裂かれる、白雲の嘆き

思い描くことさえ、貪汚(たんお)の咎

ああ、天井の月影よ

その真澄な光があれば

この純潔が伝わるだろか

その17「恋の弓ひく」

白真弓(しらまゆみ)

手さえ触れられず

悶々として寝られない夜

梓弓(あずまゆみ)

心を射抜き

共寝できたら

その18「天の川」

七月七日

彦星と織姫は今月今夜
一年に一度の逢瀬を遂げるという

彦星がうらやましい

私の天の川は涙にあふれ
涙の河となり果てた

濡れるばかりで
幾光年経ど

逢うことは叶わない

その19「逢いたい」

真夏の夜の暑さがそうさせたのか
ついに私は行動を起こす

あの人を奪うため
逢えるまでは何度も通ってやろう

そう、渚による波のように何度でも何度でも

だからどうか、あの人の関守よ
この恋路を邪魔しないでくれ

もう後戻りできないのだ

その20「禁断の逢瀬」

恐ろしくも走り始めた禁断の恋

あの人は彼の男の婚約者

だからなんだと言うのだ

一度逢瀬を遂げた恋を
だれが止めることをできよう

これは月が山の端から出てくるように
ごく自然のなりゆき

どうせ幾夜も逢えないのだ

逢坂のゆふつけ鳥よ
どうか今夜は鳴かないでくれ

その21「愛の絶頂」

人生とはかくも素晴らしいものだったのか

愛しい人に逢える
なんと幸せなことであろう

秋の夜長などと言うが、それは名前のみであったようだ
愛しい人といると、あっという間に夜が過ぎてしまう

ほら、もう夜が明けた

必ずやってくる別れの時
寂しさの涙か雨だか分からないがずぶ濡れだ

でもいい
またすぐ逢えるのだから

人は愛するために生きている
この時は心の底からそう思った

しかし

愛の絶頂はほんの一瞬なのだと

間もなく気づくことになる

その22「狂気の恋路」

きぬぎぬの別れ後の孤独

共寝をした夜の事を思うと
言いようのない儚さに襲われる

本当にあの人と一緒にいたのだろか?

あなたが来てくれたのか、私が行ったのか?

寝ていたのか、起きていたのか?

夢だったのか?

現実だったのか?

これは狂気!

そういえば、あの帰り道
人に見られなかっただろうか?

そんな恐ろしいことを考えるくらい
私は狂っているのだろう

この恋路に

その23「愛が恐怖に変わる時」

私は人道を外れた行為を犯した

実の兄の女を奪ったのだ

初めから分かっていたことだったのに
今や恐怖が先に立つ

この関係が表立つことは、なんとしても避けなければならない

どうか愛しいひとよ

私と逢ったことは口が裂けても言わないでくれ

私を恋しく思うのであれば、心の中でひっそりと思っていてくれ

そう、紫の根擦りの衣の様に、顔色になぞ決して出さないと約束してくれ

私も断じて口にすることはない
あなたのことを

一途で純粋な恋心は、もはや罪業の恐れへと変わってしまった

その24「恐怖と愛と」

人に知られてはいないか?
そう思うと、背筋が凍る

とにかく今は、あの逢瀬をなかったことにするしかない

紅の色のように
厳冬の朝、笹の葉に置く初霜の様に
決して、顔色になぞ出してはならない

忘れよう
忘れよう

ただそう思うほど、愛しさがこみ上げる

なんという苦しさだろう

いっそのこと、玉の緒が切れるように乱れてしまいたい
誰の咎めも受けずに

その25「忍びかね」

忘れる苦しみ

忘れられない苦しみ

幾度も寄せは返す慚愧の波

恋が私に残したのは
夜の海原のようなどこまでも暗く深い苦悩だけ

もう限界だ

噂が立っても構わない

私は自由になりたいのだ

この海原を漕ぎ出して

あの山橘のように

その26「秘密は白日の下に」

あの夜々を知る人はいないはずなのに

禁断の恋は宮中だけでなく
野山あまねく知られるところになった

恐れていた最悪の事態

しかし私は自分でも驚くほど冷静だ

男と女の間にあるのは恋だけである
私の恋など、数多の恋物語の前では塵に等しい

どうせ消えゆく恋ならば
いっそ激しく燃えてみようか

その27「愛こそすべて」

この世で唯一変わらないもの

それが愛だ

私は確信した

愛こそが生きる理由なのだ

春、すべてを魅了する桜花よりも美しいあなた

夏、盛んに繁る草草のように深く思っています

秋、たとえ木の葉の色は変わっても、この恋心は変わらない

その28「LOVE PHANTOM」

会いたい、会いたい、会いたい

他に何も望まない

ただあの人に会いたい

生きている時間はすべて

あの人と過ごしたい

恋の亡霊に憑りつかれた男の

その結末は生か死か

その29「裏切り」

あの人は裏切った
ただそれだけ

夏衣が薄いように

木の葉の色が変わるように

至極当然のなりゆき

私は愚かな道化の一つ

人生に確かなものなど
決してないのだろう

あるとすれば
この怒り、虚しさ

いや

惨めな自分だけ

その30「恋はまぼろし」

私にはなにもない

虚無という言葉さえ空しい

心のすべてを征服していた恋は
塵も残さず失せてしまった

恋をする前の自分はどんな人間だったのだろう
今となっては思い出せない

恋はまぼろし

泡沫の夢

昔のように笑える日が来るだろか

その31「空の彼方」

忘れたい

そう思うほど、切なさがつのる

思い出はすべて捨てたはずなのに
まだ残ってる

大空よ
その遥か彼方にあなたをみてしまう

月でさえ

春でさえ

昔のままでないのに

私だけは何も変わらない

ひとり空を見上げてる

その32「涙濡れて」

「寒い」

冷たい秋風に意識がもどる
今夜も寝覚してしまった

ふと袖に目をやる

そこには見えたのは月

濡れに濡れた月

あれから幾夜泣き濡れただろう

もうずっと

眠ったままでいたい

その33「身にしむ秋風ぞ吹く」

秋風が吹いている、
来ない人を待ち続ける私を嘲るように

あの人の心を遠ざけたのは
この秋風の仕業なのか

つれない人の言の葉は
秋より先に色変わりしてしまった

いっそ心が木の葉のようだったら、
この風にまかせて散り乱れるというのに

その34「花と恋」

恋を失って分かったことがある

人の心は花染の色のように
移ろいやすいものだということ

それでいて花の様には色が見えない

だから思い悩むのだ

そしてもう一つ

本当に憎むべきは
心変わりしたあの人ではなく

恋に染まってしまった私自身ということ

恋などしなければよかった

その35「人生を、今はじめて振り返る」

あれから

私はずっとひとりでいた

恋という恋もせず
ただ年老いてしまった

思えばあの苦悩の夜こそが

生きているということだった

私の生涯とは

一体なんだったのであろう?

完結「恋というもの」

振り返れば

涙とともに

流れ流れて生きてきた

でも

すべてよしとしよう

吉野の河が

妹背山を隔てるように

男と女とはわかりあえぬもの…

これが恋

いや

これが人生というものなのだ

恋歌、堂々とここに完結!!!

「恋歌残酷物語」完

(書き手:歌僧 内田圓学)

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