初夏のパープルヘイズ ~「あやめ」と「紫草」の秘密~


和歌の春。
残雪と若葉のみずみずしいコントラスト。木々を染める薄紅の艶やかな色どり。
心も踊る鮮やかな色彩が季節を染めます。

同じく夏。
その初旬を染めるのは「藤」や「あやめ」に見える「紫」です。

でもこの「紫」、なんだかモヤモヤしているのです。
まさにPurple Haze(パープルヘイズ)!

このモヤモヤの原因は、色から受ける妖しいイメージにあるのでしょうか?
そうではありません。
今回はこの「紫のモヤモヤ」の謎に迫りたいと思います。

この記事の音声配信「第27回 あやめと紫草のもやもや紫」を
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まず「あやめ」のモヤモヤ。
古今和歌集の恋歌から一首ご紹介しましょう。

469「ほととぎす 鳴くや五月の あやめぐさ あやめもしらぬ 恋もするかな」(よみ人しらず)
あやめも知らぬ恋とは、「文目」つまり筋道も分からない恋という意味です。
あやめの花模様が「複雑な編目」であることから、このように例えて歌に詠まれました。

古今和歌集にみえる「あやめ」はこの一首のみですが、新古今和歌集には複数の「あやめ」歌があります。

新220「うちしめり あやめぞ香る ほとときす なくや五月の 雨の夕暮れ」(藤原良経)
あれ? あやめって「香り」が詠まれるような強い芳香がありましたっけ?

新223「なべて世の うきになかるる あやめくさ けふまでかかる ねはいかが見る」
新224「なにごとと あやめは分かで 今日もなほ 袂にあまる ねこそたえせね」(紫式部)
あやめの美しさは何といっても紫色の「花」だと思いますが、なぜ縁語として「ね(根)」を強調しているのでしょうね?

新1240「かたかたに 引き別れつつ あやめくさ あらぬねをやは かけむと思ひし」
これもそうです「ね(根)」が縁語になっています。さらに不可解なのは、なぜわざわざ引っこ抜いたか? ということです。

同じ「あやめ」でも、古今集と新古今集では詠まれ方が全く異なっています。
なぜなんでしょう? すごいモヤモヤします。

それもそのはず、実は古今集と新古今集では異なる「あやめ」を詠んでいたのです。
古今集の「あやめ」はその花模様を詠んでいるように「あやめ」です。
しかし、新古今集のそれは強い「芳香」や「根」を詠んでいることから、「草菖蒲」を詠んでいたのです。

「草菖蒲」は邪気を払うと信じられたほど、その強い芳香が特徴です。
※端午の節句ではこの草菖蒲を軒につるしたり湯に入れたりして邪気払いします
またその「根」は「根合せ」といって、長短を競い合う遊びが行われていました。

この混乱の発端は「花菖蒲(はなしょうぶ)」にあると考えます。
実は「あやめ」、漢字で書くと「菖蒲」なのです。翻って「しょうぶ」も「菖蒲」と同じ字を当てる。
しかも「菖蒲(あやめ)」と「花菖蒲(しょうぶ)」は見た目がそっくり…
こりゃ大混乱不可避ですね。

つまり古今集と新古今集の間に「あやめ」→(花が似ているから)「花菖蒲」→(同じ「しょうぶ」だから)「草菖蒲」と連想が繋がり、新古今集では「あやめ」と言いつつ「草菖蒲」のことを歌に詠んでいるのではないでしょうか。
この混乱は、秋の「萩」、「荻」、「薄」を彷彿とさせますね…
→関連記事「秋の大混乱、荻と萩と薄
※もし古今集の「あやめ」が「草菖蒲」だとしても、「文目模様」の由来にモヤモヤが残ります

ちなみにこの混乱に「杜若(かきつばた)」が参入してくると、いっそう紫のモヤモヤに拍車をかけます。
「いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)」

あまり深追いするとモヤモヤの深みから抜け出せなくなりそうです。

さて、紫のモヤモヤはもう一つあります。
「紫草」です。

867「紫の ひともとゆゑに 武蔵野の 草はみながら あはれとぞ見る」(よみ人しらず)
868「紫の 色こき時は めもはるに 野なる草木ぞ 別れざりける」(在原業平)
新994「春日野の 若紫の すり衣 しのぶの乱れ かぎり知れず」(在原業平)

「紫草」も「あやめ」と同じように初夏に花をつけます。
ただこの花の色、かわいらしい「白」なのです。

またモヤモヤしてきましたね。
なぜ「白」なのに「紫」なのか?

実は「紫草」、花ではなく「根」が紫なのです。
紫草はその根を粉にして生地を染めると鮮やかな紫色になるため、昔から染料として用いられていました。

ご存知の通り「紫」は高貴な色。
それを染める「紫草」が僅かでも存在すれば、あたり全部が華麗に思える…
上の歌「紫の ひともとゆゑに…」に見えるのは、そんな紫色への憧れと慕情です。

ちなみにこの「紫」が物語のキーになった作品があります。
「源氏物語」です。

「手に摘みて いつしかも見む 紫の 根にかよひける 野辺の若草」(光源氏)
藤壺から「紫の上」、「女三の宮」へと繋がる「縁」(二人とも藤壺の姪)は、「紫のゆかり」といわれ、それへの源氏の異様な執着が数々のエピソードを生みました。

ちなみに「赤しそ」のふりかけで「ゆかり」というネーミングの商品がありますが、この「紫のゆかり」が由来なのでしょうね。

さて、初夏のパープルヘイズは晴れたでしょうか?
些細な記事で恐縮ですが、地味(じみ)で辺(へん)鄙な話題こそ、ネタにするのが令和和歌所です。

(書き手:歌僧 内田圓学)

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