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芭蕉に西行、旅をしながら歌を詠んだ数寄者は数いれど、その元祖でありレジェンドたる人物が能因です。

能因は俗名を橘永愷といい、大学寮で詩や歴史を学ぶ学生でした。
それが20代も中頃、意を決して出家します。流浪の歌人になるためです。

能因は日本各地を旅します。
ちょっと足を伸ばして三重に和歌山、汗を流して岡山、岐阜、静岡、気合を入れて愛媛、命を懸けて福島、宮城、岩手と行脚して歌を詠みました。

特に陸奥(みちのく=東北地方)はお気に入りだったようで、生涯に2度も訪れています。
陸奥は古今和歌集でもすでにいくつか詠まれていますが、能因が活躍した11世紀となると「歌枕」として歌人達に人気の地になっていました。
ただその「陸奥」は、先人の歌や屏風絵などで知る想像の世界でしかありません。
能因はこれに疑問を持ちます、「実景を詠んでこそ本当の歌ではないか?」と。そして立ち上がるのです、「俺は外へ出る!」と。
これが能因の「ノー、インドア宣言!」です。

とはいえ山ひとつ超えるのも大変な時代、各地を旅することは死とも隣り合せの危険な行為でした。
先にあげた陸奥なんて、都から歩くとなると半年はかかります。まさに命懸けの旅であったことでしょう。

しかしこの苦難を超えて生まれた美しい情景歌は、都の歌人達に鮮烈な印象と感動を与えました。
それは後世の西行、松尾芭蕉ひいては現代に生きる私たちも同じです。

能因は歌に詠まれた各地の名所を「能因歌枕」としてまとめました。
その多くは現代でも日本の名所として受け継がれているのです。

西行も芭蕉も憧れた、能因の旅を一緒に辿ってみましょう。

能因の一人十首

一「心あらむ 人に見せばや 津の国の 難波の浦の 春の景色を」(能因)
能因には心を通わせる沢山の友人がいたといいます。身近な難波(大阪)の浦も、彼ら風情を理解する人たちには特別な場所だったんですね。

二「さすらふる 身はいづくとも なかりけり 浜名の橋の わたりへぞ行く」(能因)
どこへいくの? なんて野暮なことを聞いてはいけません。さすらいの歌人は足の向くまま行くのです。

三「よそにのみ 思ひおこせし 筑波嶺の みねの白雲 けふ見つるかな」(能因)
「西の富士、東の筑波」と称された筑波山(茨城)。夢に見た霊峰を能因はついに目の当たりにしたのです。

四「都をば 霞とともに 立ちしかど 秋風ぞ吹く 白河の関」(能因)
霞の立つ春、都を後にした能因は秋風が吹くころ、ようやく白河の関(福島)にたどり着きました。
ここを超えるとそこは憧れの地、陸奥です。感涙のこもった歌は能因の代表歌となりました。

五「宮城野を 思ひ出でつつ 移しける 元荒の小萩 花咲にけり」(能因)
宮城野(仙台)といえば、やはり萩の花! ですね。ちなみにこの取り合わせは古今和歌集から歌われています。

六「夕されば 汐風こして 陸奥の 野田の玉川 千鳥鳴くなり」(能因)
野田の小さい水流と千鳥。しみじみとした陸奥のワンシーンです。

七「さ夜更けて ものぞ悲しき 塩釜は 百羽掻きする 鴫の羽風に」(能因)
仙台と松島の間に位置する塩釜湾、その夜更けの潮風は鴫の羽風。なんて風流なんでしょう!

八「幾年に 帰り来ぬらん 引く植えし 松の木陰に 今日休むかな」(能因)
能因は家路につきます。家に戻ると、かつて植えた松はその木陰で休めるほどになっていました。

九「世の中を 思ひ捨ててし 身なれども 心弱しと 花に見えぬる」(能因)
出家した身とはいえ、美しい花を見れば心を動かされる。西行も同じですね。
僧侶としては半人前なのかもしれませんが、人間的には悟りきってる風のご立派な僧侶なんか足元に及ばないくらい魅力的です。

十「昔こそ 何ともなしに 恋しけれ 伏見の里に 今宵宿りて」(能因)
昔が恋しい、それは誰しも抱く感情です。能因は何を思い浮かべたのでしょう? それは言わずもがな、ですね。

ちなみに能因、歌枕を愛しすぎてこんなエピソードが。
淀川に架かる「長柄の橋」の“かんな屑くず”を自慢げに持ち歩いていたというのです。
普通の人間からすればただの“ゴミ”も、能因には貴重なお宝だったんですね~

(書き手:内田かつひろ)

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