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古今和歌集的季節感において、春の訪れを知るのは「うぐいす」であり、夏のそれは「ほととぎす」でした。
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では「秋」を知るものは何か?
それはなんと「風」、なのです。

夏と秋の交代劇は、夏部の最終歌から始まります。
168「夏と秋と 行きかふ空の 通い路は かたへ涼しき 風やふくらむ」(凡河内躬恒)
季節の通い路があるなんて、とってもロマンチックな発想です。

そして秋上部。
169「秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ 驚かれぬる」(藤原敏行)
170「河風の 涼しくもあるか うちよする 浪とともにや 秋は立つらむ」(紀貫之)

この発想は、新古今になっても変わりません。
秋上部(新古今和歌集)
285「神なびの 三室の山の 葛かずら 裏吹き返す 秋は来にけり(大伴家持)
286「いつしかと 荻の葉むけの かたよりに そらや秋とぞ 風もきこゆる」(崇徳院)
287「この寝ぬる 夜のまに秋は 来にけらし 朝げの風の 昨日にも似ぬ(季通)

「花」やまして「暦」なのではなく、「風」で秋を知るなんてまさに風流です。

冒頭で紹介したように、春は「うぐいす」、夏は「ほととぎす」、秋は「風」で季節の変化を知るのでした。
ここにはある共通点があります。
それはいずれも「音」を頼りにしている、ということです。
うぐいすやほととぎす達のさえずりに風の音。王朝歌人たちの「聴覚」の鋭さにぞ驚かれぬる、ですね。

ちなみに新古今時代になると、秋の風にもう一つの意味が加わります。
定家の歌にそれが顕著ですので、取り上げてみましょう。

420「さむしろや 待つ夜のあきの 風ふけて 月をかたしく 宇治の橋姫」(藤原定家)
1336「白妙の 袖の別れに 露おちて 身にしむ色の 秋風ぞふく」(藤原定家)
これらで歌われている「秋」には明らかに「飽き」が掛けられています。
秋という季節はただでさえ物悲しさがありますが、そこに「飽き」が加わって、いっそうさめざめとした情景が浮かび上がります。

そして特筆すべきは「身に染む色」です。
新古今の時代になると感受性はより豊かになり、風に「色」を見るのです。
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こういうのを「共感覚」といったりしますが、現代の私たちから見ても斬新な表現に感じますよね。
カレンダーや天気予報は非常に便利ですが、そこに現れる数字つまり日付、気温、湿度、雨量、台風○号といったものに囚われすぎると、日本の四季の本当の豊かさに気づくことなんて出来ない、と自戒を込めて思いました。

(書き手:内田かつひろ)

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