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古今和歌集の第一、「春上」部の第一首。
1「年の内に 春はきにけり ひととせを こぞとやいはむ 今年とやいはむ」(在原元方)

年内に立春が来た。この一年を去年と言おうか、今年と言おうか、という歌です。
これは古今和歌集いや、日本文化の幕を開ける重要な歌です。

ところがこの歌の評判はすこぶる悪い。
くだんの正岡子規「再び歌よみに与ふる書」においては下の評価を頂いております。

『先づ古今集といふ書を取りて第一枚を開くと直に「去年とやいはん今年とやいはん」といふ歌が出て来る実に呆れ返つた無趣味の歌に有之候。
日本人と外国人との合の子を日本人とや申さん外国人とや申さんとしやれたると同じ事にてしやれにもならぬつまらぬ歌に候。
此外の歌とても大同小異にて佗洒落か理窟ッぽい者のみに有之候。』
→「再び歌よみに与ふる書

「洒落にもならない、つまらない歌である」と一刀両断。
まあ、おっしゃりたいことも分かります。
確かに少々理屈っぽく、雅を感じさせる歌ではありません。

ちなみに続く春上第二首は以下、
2「袖ひぢて むすびし水の こほれるを 春立つけふの 風やとくらむ」(紀貫之)

夏、袖を濡らしてすくった水は冬には凍ってしまった。それを今日の春風が溶かすのだろうか。
印象的な初春の風が美しい歌です。
こちらの歌の方が、古今和歌集の第一首には相応しい気もします。

でも貫之達選者は、「去年とやいはん今年とやいはん」を第一首に採った。
なぜか?
その理由を探る前に、「年内立春」とは何かを知りましょう。

現在の「立春」は2月4日ごろにあたります。
ですからもちろん、年内に立春を迎えるなんてことはありえません。
「年内立春」はご承知のとおり、旧暦(太陰太陽暦)だからこそ起こる事象です。

旧暦(太陰太陽暦)とは月の朔望(満ち欠け)周期を基にした暦です。
新月から満月そして再び新月という一周期は約29.5日となります。
これを12回繰り返すと一年は約354日にしかならず、太陽の運行を元にした「太陽歴」とは約11日の開きが生じます。
そのため旧暦(太陰太陽暦)では、3年に一度閏月を加えることで太陽と季節のずれを解消しています。

一方「立春」は二十四節気のひとつで、これは太陽の運行(黄道上の位置)をきっちり24等分してそれぞれに名称をつけたものです。

たまに二十四節気が現在の季節感と合わないのを、二十四節気が旧暦であるためだと勘違いされている方がいます。
しかし前述したとおり、二十四節気は太陽の運行を基準にしていますから、旧暦とは無関係です。
二十四節気が季節と合わないのは、中国で誕生した区分を日本でそのまま借用しているからです。(地域差ということ)

前述したように、旧暦(太陰太陽暦)では3年に一度閏月が入る、つまり一年が約383日となる年があります。
「年内立春」とはこの閏月によって一年が長くなった年の年末頃に、新年を迎えるより先に二十四節気の「立春」が先に来た、という事態をいいます。

一年の期間を月の朔望で決めているにも関わらず、立春などの季節の節目を太陽の運行で決めているというダブルスタンダードがゆえの、ギャップによって年内立春は起こるのです。

さて、戻って「去年とやいはん今年とやいはん」です。

古今和歌集の四季歌は「季節の流れ」に準じ整然と並べられています。
ですから通常の「立春」よりも暦の基点からはマイナスといえる「年内(去年)」の「立春」の歌から春上第一番を開始させた。

確かに歌の内容自体は正岡子規の言うとおり「洒落にもならない、つまらない歌である」かもしれません。
しかし「季節の流れ、移ろい」に徹底した美学を抱く貫之達にとっては、この歌がどうしても第一番でなければらならなかったのです。

「年内立春」の歌は強烈な美学の体現であり、この先古今和歌集の四季歌が「四季の移ろいを重視する」という強烈な宣言でもあります。

そして「冬歌」部の最後は以下の歌で締めくくられています。
342「ゆく年の をしくもあるかな ますかかみ 見るかけさへに くれぬと思へは」(紀貫之)

「ゆく年が暮れる」という、あくまでも季節の終わりにこだわった歌です。
「四季の移ろい」に対する徹底した美学が首尾一貫として存在しています。

子規のように、一首つまんだだけでは滑稽に映る歌も、
全体を通じた位置付けで考えると、純然たる美学が必ず宿っています。

ちなみに上で紹介した、貫之自身作の春上第二首
2「袖ひぢて むすびし水の こほれるを 春立つけふの 風やとくらむ」(紀貫之)

この歌1首だけで、昨夏~冬~初春の移ろいが歌われています。
古今和歌集はその冒頭から、貫之達選者の本気度が恐ろしいまでに伝わってきます。

(書き手:内田かつひろ)

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