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式子内親王は後白河帝の第3皇女で賀茂の斎院であった女性です。

式子が生きた平安末期は京を中心に戦乱が相次ぎました。
保元・平治の乱に始まり、平家打倒の令旨いわゆる「以仁王の令旨」によって起こった治承・寿永の乱は平氏、源氏の命運だけでなく貴族と武士のありようを根底から揺るがすものでした。
ちなみにこの令旨を出した「以仁王」は、式子内親王の同母兄弟です。残念ながら以仁王自身は平家打倒を見ることなく戦死しました。
皇子、皇女といえど、もはや平安に生きることは困難な時代だったのです。

式子内親王が担った賀茂の斎院とは京都の賀茂神社の祭祀に仕える女性のことです。
伊勢の斎宮に倣って平安時代の初頭から立てられ、代々天皇家の皇女が担ってきました。
斎院は清浄を求められため、未婚者である必要がありました。斎院の任が終われば結婚しても問題ありませんが、ほとんどの斎院経験者は生涯独身だったといいます。そしてそれは式子内親王も同じでした。

こんなエピソードを聞くと、式子内親王の生涯はさぞかし暗く孤独であったかと印象を持ってしまいます。
実際、式子をそのように紹介している例は多いですし、百人一首にも採られた「玉の緒よ 絶えねば絶えね…」がこれをより強固にしているようです。

ただ、実際の式子内親王の生き方は少し違います。
斎院の任期中も宮中との交流を積極的に行い、和歌の腕を研鑽しました。
そう、式子内親王もまた歌の道に生きた人だったのです。

内親王という高貴な身分にも関わらず、和歌に熱中し優れた作品を残した女性は皆無です。
百人一首に採られた女流歌人は21人いますが、皇女は式子内親王ただ一人といえば、異例な人物であったことが分かるでしょう。

式子は藤原俊成に歌を学ぶなど九条家歌壇との交流も深く、百首歌を何度も詠歌しています。
※俊成の歌論「古来風躰抄」は、式子内親王の依頼によって書かれたそうです

ちなみに九条家歌壇といえば、新風和歌いわゆる「新古今風」の詠歌が特徴ですね。
→関連記事「七夕歌で知る万葉集、古今和歌集、新古今和歌集の違い

一般的に新古今風の代表として藤原良経や藤原定家の名が挙げられますが、式子は良経の13歳、定家の20歳年上です。
つまり新古今風の萌芽は式子内親王にあり、良経・定家はその影響を大きく受けて新風が大成したとも言えなくないのです。

式子内親王の十首を見てみましょう。
そこには暗闇に沈む沈鬱な女性はいません。多彩な色と光を自在に操る「印象派の女王」が輝き立っています。

式子内親王の十首

(一)「山ふかみ 春ともしらぬ 松の戸に 絶え絶えかかる 雪の玉水」(式子内親王)
山が深いので春が来たことも知らない松の戸に、途切れながら掛かる玉のような雪解け水よ
この雪解け水は氷柱(つらら)が溶けたものでしょう。雪解け水に反射する早春の陽はキラキラして本当に美しいです

(二)「声はして 雲路にむせぶ ほととぎす 涙やそそぐ 宵の村雨」(式子内親王)
雲の中でむせび泣くほととぎす、その涙が降り注ぐのだろうか、宵の村雨は
村雨がほととぎす涙だとは奇知な発想です。この歌は情景もさることながら言葉の響きに美しさを感じます

(三)「帰りこぬ 昔を今と 思ひねの 夢のまくらに 匂ふ橘」(式子内親王)
帰ることない昔を今と思いながらみた夢をみた。寝ざめた枕に橘が匂っている
橘を嗅いで昔を思い出す…ではなくて、昔の夢を見たら枕に橘の匂いが香っていた、という変化球の歌です

(四)「夕立の 雲もとまらぬ 夏の日の 傾く山に ひぐらしの声」(式子内親王)
夕立の雲も止まらない夏の日、陽が傾いた山にはひぐらしの声
エヴァンゲリオンを彷彿とさせる熱と憂いがあいまった夏の1シーンです

(五)「見るままに 冬はきにけり 鴨のいる 入り江の汀(みぎは)薄氷つつ」(式子内親王)
ぼーっと見ているうちに冬はきた。鴨がいる入り江の汀に薄氷が張っている
冷え冷えとした冬の海、聞き手の想像力を刺激する歌です

以下(六)(七)(八)(九)は恋歌が続きます。

(六)「夢にても 見ゆらむものを 嘆きつつ うちぬる宵の 袖のけしきは」(式子内親王)
夢でも見えるだろうに、嘆きながら寝て濡れた私の袖は
「私の想いを知ってください」

(七)「君まつと 寝屋へもいらぬ 真木の戸に いたくなふけそ 山の端の月」(式子内親王)
君を待つと言って入ってもいない寝所の真木の戸に光よ射さないでくれ、山の端の月よ。夜が更けたことが分かってしまうから
「あなたの訪れをずっと待っています」

(八)「さりともと 待ちし月日ぞ うつりゆく 心の花の 色にまかせて」(式子内親王)
そろそろ来てくれるだろうと待っていた月日は空しく過ぎていく。あの人の、心の花の色があせるように。
「でも、結局来てくれなかった。愛する人は…」

(九)「玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの よわりもぞする」(式子内親王)
私の命よ、絶えるのなら絶えてしまえ。生きながらえていると、忍んでいた恋心も耐え切れず表れてしまうかもしれない
「もう死んでも構わない、あなたへの想いが届かないなら」

これら(六)(七)(八)(九)は新古今和歌集の恋部に採られた歌です。少し並べ変えて一続きのストーリーにしてみました
ここで歌われる「待つ女」は小野小町以来の伝統的な恋歌の踏襲ですが、随所に式子の繊細な感受性が宿っています。特に(九)「玉の緒よ…」の激情的な恋歌は百人一首にも採られ、式子内親王の代表歌となっています。

(十)「ほとときす その神山の 旅枕 ほのかたらひし 空ぞ忘れぬ」(式子内親王)
神山で旅寝する私に、ほのかに声を聞かせてくれたほととぎす。あの空を忘れることはない
これは式子が斎院の任を果たした後に、当時を回想して詠んだ歌です。式子の目にはどんな景色が映っていたのでしょうか? たぶんそれは彼女の歌の様に美しく眩い空だったのだと思います。

(書き手:内田かつひろ)

 

平成和歌所から本が出ました。その名も「百人一首の歌人列伝」!
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【目次】
・権中納言定家(藤原定家) 「怒れる天才サラリーマン」
・鎌倉右大臣(源実朝) 「甘えん坊将軍、鎌倉の海に吠える」
・在原業平朝臣(在原業平) 「愛され続けるプレイボーイ」
・和泉式部 「恋にまっすぐな平安ジェンヌ」
・紀貫之 「雑草が咲かせた大輪の花」
・凡河内躬恒 「麗しき二番手の真価」
・西行法師 「出家はつらいよ、フーテンの歌人」
・小野小町 「日本的、恋愛観のルーツ」
・源俊頼朝臣 「閉塞感をぶち壊せ! 孤独なチャレンジャー」
・式子内親王 「色と光を自在に操る印象派の女王」
#コラムその1 百人一首とは「王朝の栄枯盛衰物語」である!
・後鳥羽院 「お前のものは俺のもの、中世のジャイアン」
・菅家(菅原道真) 「悲劇の唇が吹く イン・ア・サイレント・ウェイ」
・崇徳院 「ここではないどこかへ」
・清少納言 「元祖! 意識高い系OLの可憐なる日常」
・柿本人麻呂 「みんなの憧れ、聖☆歌人」
・権中納言敦忠(藤原敦忠) 「禁断と破滅、平安のロミオとジュリエット」
・中納言家持(大伴家持) 「流れるままに。家持たぬ家持の万葉オシャンティー」
・後京極摂政前太政大臣(九条良経) 「天才貴公子が奏でるロンリネス」
・伊勢 「女貫之の冷たい仮面」
・能因法師 「元祖旅の歌人のノー、インドア宣言! 」
・皇太后宮大夫俊成(藤原俊成) 「和歌界のゴッドファーザー」
#コラムその2 百人一首は「ジジイのための歌集」である!

わくわく和歌ワークショップ はじめての古今伝授と連歌会

平成和歌所では、誰でも歌を楽しめる「あさぎいろ連歌会(Word Association Game)」を行っています。日本語の「ことばあそび」を存分に楽しみましょう。

和歌マニア♪ 日本文化の王道をあそび倒す! ラジオ 和歌マニア♪

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