和歌のバイプレーヤー「秋の露」


最近ちょっとした「中年ワキ役」ブームです。
見た目こそ花はありませんが、円熟した演技は作品の柱となり主役さえも食ってしまう。
そんな名ワキ役たちに注目が集まっています。

実は和歌にもバイプレーヤー(名ワキ役)的存在がいます。
秋の「露」です。

秋歌の主役と言えばもちろん、萩に菊また紅葉などいわゆる華がある「花」ですよね。
一方の露。露はそれらの「添え物」にしかすぎません。
しかし! 露があることで歌の表現や深みがグッと増すのです。

今回は和歌のバイプレーヤー「露」の豊富な演技力に注目してみましょう。

■名技その一「独特の存在感」
味気ない役柄もバイプレーヤーは独特の存在感で輝きます。
花に置いた露はまさにそれ。
222「萩の露 玉に抜かむと とれば消ぬ よし見む人は 枝ながら見よ」(よみ人しらず)
223「折りて見ば 落ちぞしぬべき 秋萩の 枝もたわわに おける白露」(よみ人しらず)

露をつまらない水滴と思うことなかれ! その白玉をよ~く見てください。
清らに輝く姿は「宝石」のようではありませんか!?
花の上の宝石だなんて素敵すぎますよ。

ただこの宝石、決して手に取ることはできません。
花から落ちるやいなやあっけなく消えてしまうのです。
この儚さも存在感の裏返しです。

ちなみに白露を宝石のまま飾り立てる手段があります。
27「浅緑 糸よりかけて 白露を 玉にも抜ける 春の柳か」(僧正遍昭)
225「秋の野に おく白露は 玉なれや 貫きかくる 蜘蛛の糸すぢ」(文屋朝康)

春の柳や蜘蛛の糸で貫き留めるのです。
平安歌人はこういう表現をするのですね、見事です!

■名技その二「周囲に及ぼす影響力」
バイプレーヤーの圧倒的な存在感は自ら役柄のみに留まらず、作品全体に影響します。
露にもそんな影響力があります。

209「いとはやも なきぬる雁か 白露の 彩る木木も もみちあへなくに」(よみ人しらず)
257「白露の 色はひとつを いかにして 秋の木の葉を 千々に染むらむ」(藤原敏行)
258「秋の夜の 露をは露と おきながら 雁の涙や 野辺を染むらむ」(壬生忠峯)

和歌では「露が紅葉を染める」と歌われます。
小さい一滴が野辺や木々全体を色とりどりに染めるなんて、すごい影響力だとは思いませんか?
ただ「白露」とあるように、白色の露が赤や黄色の紅葉に染める、という発想に少々違和感を感じます。
もしかしたら「白」は色というより、何にも染まっていないまっさらな状態を言うのかもしれませんね。

ここでもう一つの注目が258番の「雁の涙」。
露は雁の涙が落ちたものであり、それが野辺を染める。なんとも幻想的です。

■名技その三「泣きの涙」
バイプレーヤーの見どころといえば、泣きの芝居です。
演技臭くないリアルな涙に、見ている方までもらい泣きしてしまいます。

露も忘れてならないのが「涙の見立て」です。
574「夢路にも 露や置くらむ よもすがら 通へる袖の ひぢてかわかぬ」(紀貫之)
589「露ならぬ 心を花に 置きそめて 風吹くごとに 物思ひぞつく」(紀貫之)
757「秋ならで おく白露は 寝ざめする 我がた枕の 雫なりけり」(よみ人しらず)

なんでも物に託す平安歌人たち。
彼らが袖や枕に落ちた涙を露に例えるのは、ある意味当然の成り行きかもしれません。
これに秋(飽き)の情景が重なれば、それだけで立派な失恋の歌になります。

四季折々の花と比べると、そこに置いた露なんてのはただのおまけ…
むしろ鑑賞を妨げる無用の存在かもしれません。
でも刺身のつま、スターウォーズの3POに秋の露!
なくてもいいけどあってほしい…

花や紅葉はほどほどに、
時にはさりげなく光る名ワキ役に目を止めてみましょう。

(書き手:和歌DJうっちー)