古今和歌集において左の筆頭が紀貫之ならば、右の筆頭はやはりこの人、凡河内躬恒です。
貫之と共に古今集の選者であり、入撰数は貫之(99首)に次ぐ二番目(60首)、
さらに貫之と共に三十六歌仙にも撰ばれ、百人一首にも歌が採られた超有名歌人!
の、はずなんですが… 知名度はそんなに高くない。
なぜか?

まず名前が読みづらい、ってのがあると思います。
「おおしこうちのみつね」なんて、振り仮名がないと絶対に読めません。

ただ本質的には、“二番手の性”ってやつだと思います。
先にご紹介したように、「躬恒」を紹介する際には必ずと言っていいほど「貫之」がついて回ります。
互いに乏しい官歴に勅撰集の入撰数そして歌の特徴などなど、、、
躬恒は事あるごとに、貫之というグレート・レジェンドと比較され、その陰に隠れて印象が薄いのです。
→関連記事「紀貫之 ~雑草が咲かせた大輪の花~

富士山の次に高い山って知ってます? 
二位じゃダメなんです、二位じゃ…

しかし、本当のところはどうか?
鴨長明の「無明抄」にこんな一節があります。

師、俊恵法師が言うには、藤原実行と藤原俊忠が躬恒と貫之の優劣を論ぜられた。
優劣が決しないので、白河院に御意向を仰いだところ、源俊頼に問うてみろと言われた。
問われた俊頼曰く「躬恒をばあなづらせ給ふまじきぞ」と言った、のだと。
(第27段「貫之・躬恒の優劣」)

源俊頼は金葉和歌集の選者であった人です。
→関連記事「源俊頼 ~閉塞感をぶち壊せ! 孤独なチャレンジャー~

彼をして「躬恒のことを侮ってはいけない!」、というのが貫之に対する躬恒の評価でした。
ポイントは「貫之より優れている」とは決して断じてはいないことです。
要するにやっぱ、「二人ともいい!」ってことなんですよ。

貫之の歌は巧みな言葉遊びによる「技巧」が最大の魅力です。
一方の躬恒、彼のそれは洒落た見立てによる「耽美」にあります。

おっと、また二人を比較してしまいましたね…
しかし俊頼が明言しないように、どちらかに優劣があるのではありません。
彼らには同じ土俵では対比できない先鋭化された個性があり、それぞれが唯一無二の存在なのです。

今回は貫之の陰に隠れて見えなかった、躬恒の耽美世界をご堪能いただきましょう。

凡河内躬恒の十首

一「月夜には それとも見えず梅花 香をたづねてぞ 知るべかりける」(凡河内躬恒)
二「女郎花 吹きすぎてくる 秋風は 目には見えねど 香こそ知るけれ」(凡河内躬恒)
躬恒の得意技の一つ「香りで分かる!」です。

三「風ふけば 落つる紅葉ば 水きよみ 散らぬ影さへ 底に見えつつ」(凡河内躬恒)
四「手もふれで 惜しむかひなく 藤の花 底に映れば 波ぞ折りける」(凡河内躬恒)
さらに躬恒の得意技「水底の影!」です。

五「夏と秋と 行きかふ空の 通い路は かたへ涼しき 風やふくらむ」(凡河内躬恒)
夏の終わりに秋風が吹いてきた、という歌です。
ただ吹いてきたわけではありません、「空の通い路」から吹いてきたのです。ロマンチックぅ~

六「心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花」(凡河内躬恒)
百人一首にも採られた躬恒の代表歌です。
雪や霧といったありふれたものではなく、初霜と白菊が紛れて起こった一面の白銀世界。
耽美いやサイケデリック極まりない歌です。

一~六の歌で分かることがあります。
それは躬恒にとって叙景歌の美とは「ダイレクトな視覚の外にある」ということです。
匂い、反射、想像そして幻覚… 五感を研ぎ澄ますことで得られる、本来あり得ない感性に躬恒は美を見出したのです。
恐るべし平安歌人! ですね。

さて、次は躬恒の恋・哀傷歌をご紹介しましょう。
七「初雁の はつかに声を ききしより 中空にのみ 物を思ふかな」(凡河内躬恒)
“はつかり”から“はつか(わずか)”を響かせ、初心な物思いを描いています。

八「ひとりして 物をおもへば 秋の夜の いなばのそよと いふ人のなき」(凡河内躬恒)
稲葉が風に揺れるように“そうよそうよ”と同意してくれる人もいない。

九「冬の池に すむ鳰鳥の つれもなく そこにかよふと 人に知らすな」(凡河内躬恒)
鳰鳥(かいつぶり)が池の底に通うように、素知らぬふりでそこ(女)に通っていると人に知らせるな!

十「神無月 時雨にぬるる もみじ葉は ただわび人の たもとなりけり」(凡河内躬恒)
時雨に濡れるもみじ葉は、私の袂であった…

四季でなくても美しい叙景が伴う、それが躬恒の歌です。
貫之ではこうは詠めませんね! と、しつこく二人を比較してみる(笑

先の源俊頼が書いた「俊頼髄脳」に、彼らの短連歌が残されています。

「奥山に 舟こぐ音の 聞こゆなり」(凡河内躬恒)
と、躬恒らしい突飛な叙景を詠みかけたところ、、

「なれる木の実や うみわたるらん」(紀貫之)
貫之は「うみ」に「海」と「熟み」を掛ける、得意の言葉遊びで見事に応じた。
う~ん、やっぱりカッコいいですよ、このゴールデン・コンビ!

翼君に岬君、レノンにマッカートニー、そして貫之に躬恒!!
この二大個性の共演があったからこそ、
古今和歌集が豊かな日本文化の礎になり、今も飽きない傑作になり得たのですね。

(書き手:内田かつひろ)

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