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和歌の美を言葉で説明することは大変です。なにせ目に見えないものですからね。
とはいえ「なんとなくいいね~」では終われないのが職業歌人です。
歌の優劣を他者に説明できてこその専門家なのです。

藤原定家ともなると、様々な表現で「歌の美」を説明しています。
「定家十体」と言われるのが有名ですが、特に定家が重要視したのが歌論書「近代秀歌」にある「余情妖艶」です。

「余情」を辞書で調べると、「後に残る、深い印象」といった解説がなされています。
思えばこの余情の美は、和歌だけでなく日本文化全体に横たわっています。
例えば茶道、「余情残心」といって接客後の反省を重んじます。
また武道においても、剣道では打突後の「残身」が美しくないと一本になりませんし、相撲で勝った後のガッツポーズが好ましくないのも、余情を重んじるがゆえだと思います。

ただ定家の場合は「余情」に「妖艶」がプラスされていますから、ちょっとニュアンスが異なりそうです。

定家の「余情妖艶」を理解するために歌論書「近代秀歌」を見てみましょう。

#『むかし貫之、歌の心たくみに、丈および難く、詞強く、姿おもしろきさまを好みて、余情妖艶の体を詠まず』
とあり、紀貫之は「余情妖艶」を詠まなかったと言っています。
貫之の歌といえば?
そう理知的でレトリックを駆使した歌ですね。
余情妖艶とはこういう技巧的な歌とは相反するスタイルのようです。
→関連記事「紀貫之 ~雑草が咲かせた大輪の花~

#『それよりこのかた、その流れをうくるともがら、ひとへにこの姿におもむく』
貫之以後「余情妖艶」は詠まれず、貫之流の技巧的な歌ばかりが詠まれてきたと言っています。

では「余情妖艶」はだれが詠んでいたのか、それが分かるのが以下の一文です。

#『…(中略)僧正遍昭と言われる花山僧正・在原業平中将、素性法師、小野小町が後、絶えたる優れたる歌のさま…』
六歌仙のメンバー、僧正遍昭、在原業平、素性法師、小野小町が失せた後、優れた歌は絶えてしまった、と嘆いています。
つまり彼ら4人の歌こそが優れていて、これこそが技巧と相反する「余情妖艶」の歌だということです。

ただ数多の浮名を流した在原業平はまだしも、僧正遍昭、素性法師の両名は「妖艶」のイメージとは遠い気がします。
ここはやはり「小野小町」でしょう。

古今和歌集の仮名序において、紀貫之は小野小町をこう評しています。
#『あわれなるやうにて、つよからず。いわばよき女のなやめるところあるに似たり』

この一文、
「よき女のなやめるところ」が余情妖艶と深く関係がありそうですね。

小町の歌を具体的に理解するために、古今和歌集に選出された歌をみてみましょう。
なんといっても代表はこれですね。

113「花の色は うつりにけりな いたづらに わか身世にふる ながめせしまに」(小野小町)

老いという抗えない運命に身をやつす女…
定家自身が選出した百人一首にも採られてるくらいですから、
ここで歌われる「なやめる女」の姿が「余情妖艶」といえるかもしれません。

引き続き、他の歌も探ってみます。
小町の歌は古今和歌集に18首採られていますが、実は四季歌は上の(春上)「花の色…」のみで、過半数(13首)は恋の歌です。
そしてそこには、「老いに悩むかつての美女」とは別の小町がみえます。

552「思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを」(小野小町)
553「うたたねに 恋しき人を 見てしより 夢てふ物は 思みそめてき」(小野小町)
554「いとせめて 恋しき時は むば玉の よるの衣を 返してぞきる」(小野小町)
656「うつつには さもこそあらめ 夢にさへ 人めをよくと 見るかわびしさ」(小野小町)
657「限なき 思ひのままに 夜もこむ 夢路をさへに 人は咎めじ」(小野小町)
658「夢路には 足も休めず 通へぢも うつつにひとめ 見しことはあらず」(小野小町)

「花の色…」と同じように見えるのは「なやめる女」
ただそれは「老い」ではなく「叶わぬ恋」
→関連記事「小野小町 ~日本女性の恋愛観のルーツ~

現実では不可能でも、せめて夢で愛しい人に逢いたい…
「余情妖艶」とは絶望にあって唯一の希望、「夢」の余韻なのです。

「春の夜の 夢の浮橋 とだえして 峰にわかるる 横雲の空」(藤原定家)
この歌こそが定家が示す「余情妖艶」の極致なのだと思います。

→関連記事「恋の和歌、その物語を5分で知る! ~恋歌残酷物語(総集編)~

(書き手:内田かつひろ)


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